(開演)6
道三と義龍の争いは年を越しても止まない。
双方の旗本による小競り合いの度合が激しくなってきた。
諍いが長引けば隣国に付け入られるので、
早期決戦に向けて味方を得ようと躍起。
甘言を弄した手紙が飛び交い、謀殺が横行した。
決戦時期は誰もが雪解け後、農繁期前と予想した。
領内に賦役を課し、働き手を足軽や雑兵として徴用するので、
長期の従軍は厭戦気分を醸し出し、士気を落とす。
それだけは避けたいと、双方ともに決着を急いだ。
これらの詳細な情報が私の手元に届けられた。
常雇いの甲賀衆からだ。
薬草・製薬に詳しい甲賀忍者を登用した縁で、甲賀郡に伝手ができた。
その伝手を太くして甲賀忍者を多数雇用した。
一時働きとか期間雇用もあるが、当人が希望すれば常雇いとした。
彼等を纏めるのが甲賀衆の一つ猪鹿家、その分家。
前当主が分家して私の下に来たのだ。
「甲賀の山里の生活には飽き飽きしました。
ここで面白可笑しく過ごさせて下され。
給金以上に働きます。
あっ、そうそう、働くのは配下の者達ですがな」
猪鹿虎永がそう言い放った。
押しが強そうだが愛嬌もある。
その上、胡散臭くて腹が読めない。
雇わない手はない。
即、常雇い、美濃猪鹿家として薬草・製薬を任せた。
薬草園役方筆頭。
表仕事だけでは詰まらぬのではないかと、裏仕事も兼ねさせた。
四月になると事態が大きく動いた。
斎藤道三側の大桑城にいる父から援軍の催促が来た。
兄・光秀が使番として自ら来た。
「鷺山城にて軍を合わせるので加勢を寄越して下さい」
既に明智家が出せる兵は過剰に出していた。
騎馬二十三騎、徒士五十八名、足軽二百六十七名、雑兵百三十二名。
道三軍では最大兵力。
総大将旗下の旗本衆を合わせた数より多いそうだ。
何をか言わんや。
残っている兵は老兵や練度不足の若年兵、二百足らず。
領地の留守を預かる祖父が渋るが、兄は一歩も譲らない。
「なんとしてもお願いします」
道三側三千、義龍側一万五千。
彼我の差を実際に目の当たりにすれば当然の要請だ。
留守を預かる祖父が困って私に目をくれた。
兄も私を目をくれた。
しかし、無い袖は振れない。
銭雇いの者達を斎藤家内の争いで磨り潰すつもりはない。
それに兄が使番で来た理由は・・・。
「兄上、最後に父上に会った際の言動を覚えていますか」
「何を申す、ワシは惚けてはおらんぞ」
「耳にした言葉ではありません。
父上の顔に書かれた言葉です。
父上は兄者を死なせるには惜しいと思われて、
使番に出されたのではないのですか」
「まさか・・・」
兄が腕を組み、首を傾げた。
祖父は目を瞑り、思考に入った。
私は続けた。
「加勢が出せないのは父上ならご存知です。
知った上で兄上を敢えて使番とする。
どう考えても負ける戦から引き剥がす為ではないのですか」
兄はおもむろに立ち上がった。
「そうか、そうだな。
間に合うかは知らんが、戻る」
祖父が声を上げた。
「間に合わん、残れ」
兄は祖父を見た。
「皆を見殺しにはできません」
私は兄の気持ちも祖父の気持ちも分かる。
でも、躊躇なく兄の背を押した。
「戻られるのに反対はしません。
一つ、お尋ねします。
道三様から尾張の織田様の事は何と」
兄と祖父は怪訝な顔をした。
道三の娘・濃姫が織田信長に嫁いでいる。
濃い繋がりだが信長は尾張の国主ではない。
織田家の中で勢いがある分家・弾正忠家の当主。
美濃への途次にある岩倉織田家とは不仲。
それ以前に足下の弾正忠家を完全掌握していない。
加勢に来られる状況ではない。
「何も聞いていないが、それがどうした」兄が応じた。
「織田様が領内に美濃へ向けて出兵布告を発しました。
大急ぎで兵や兵糧を搔き集めているそうです」
「ほう、詳しいな」
私は努めて表情を消した。
「薬草探しの甲賀者が尾張から戻って来ました」
「そうか、それで」
「今頃は先鋒を発している筈です」
「んっ、城ではそんな話はなかったな。
そうすると・・・、尾張からの使番が途中で殺された・・・。
それでワシにどうしろと」
「私如きに聞きますか。
・・・。
当初、盤上に置かれていた駒は二つ。
大きい駒と小さな駒。
そこへ新たに小さな駒が一つ加わった。
・・・。
道三様のお手並み拝見ですね」
信長は留守兵を残す必要がある。
となると出せるのは二千前後。
挟み撃ちするには心許ないが、何もないよりはマシ。
戦術の選択肢が広がる。
兄がニヤリと笑った。
「やはりお前は喰えん奴だな。
・・・。
土産を持って帰る。
何がいい、遠慮なく申せ」
「義龍の首」
本当に欲しい訳ではない。
だって男の首だよ、欲しいかい。
場の雰囲気に流されて言ってみただけ。
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