(包囲網)2
☆
小谷城に織田信長殿御一行が訪れた。
足利義輝に拝謁した帰りであった。
事前に相談があったので、入れ知恵しておいた。
往路に小谷城を訪れると公方の怒りを買い、拝謁が叶わなくなるので、小谷城訪問は復路にするように、と。
それで良いのかと思わなくもないが、良いのじゃないかな。
こんな時世だし。
初めて表門から訪問客を受け入れた。
これまでは家来等は通用門。
私だけが表門。
そんな訳で、城下町の者達が物珍しそうに御一行様を見ていた。
勿論、織田家の家来衆は城下町の宿屋に分散宿泊。
当主の信長と近習達のみが入城した。
と、近習に、如何にも奥女中と思しき者達が混じっていた。
大広間での堅苦しい挨拶から始まった。
けれど、それは直ぐに終わった。
信長が苦笑いで言ったからだ。
「すまんが、妹を連れて来てる」
近習の陰から小さい小姓が飛び出して来た。
女の子。
たぶん、男装のお市ちゃんかな。
他は知らないし・・・。
それで信長の近習に奥女中が幾人か混じっていた訳が分かった。
お市ちゃんが信長の隣に並んだ。
やはり兄妹だ。
違いは男女差だけ。
鋭さがある信長に対し、おおらかさの妹。
「お初にお目にかかりますにゃー、お市だがね」
「お手紙はいつも拝見しています、お市様。
光国です、よろしく」
「お市様はたるいだがね。
聞いてちょー、お市と呼んで欲しいにゃー」
「はい、それではお市ちゃんで」
「え~よ、光くん」
ええっと、私は…。
気付いたら大広間の皆が小刻みに肩を震わせ、口を押さえていた。
大人衆の伊東が機転を利かせた。
「京の味には飽きられたでしょう。
庭先で肉や魚を焼かせております。
そちらへ移動しましょう」
山南が中心になって、庭先で肉魚料理を作っていた。
ほとんどが山南配下の鉄砲足軽の面々だ。
当家にとっては日常的な光景だが、織田家の皆様は驚いた。
「美味そうな匂いだな」
「火事かと思ったが、魚や肉を焼いてるのか」
「竈が随分と多いな」
「水場も工夫されてる」
信長が私に問う。
「手慣れてるな、これが全部、賄い方なのか」
「いいえ、鉄砲隊なのですが、賄いも美味いので任せているんです」
信長が疑惑の眼差し。
「鉄砲隊か・・・」
お市ちゃん。
「うけるー、どうりで火種の扱いに慣れてるだがね」
近くの竈の薬缶が沸騰していた。
それを見てお市ちゃんが声を上げた。
「ちんちんだがね」
信長が深く長い溜息を付いた。
「ふーっ、聞かなかったことにしてくれ」
どこにいたのか、不意にお蝶が側に姿を表した。
「殿、お湯が沸騰していることを、尾張では、ちんちん、と申します」
そして賄いに戻って行った。
信長がお蝶の後ろ姿に声をかけた。
「ほりゃ、すまなんだ」
山南が焼けた肉を皿に乗せて持って来た。
私、お市ちゃん、信長の並び。
皆は気を利かせたのか、少し距離を置いていた。
私は信長に尋ねた。
「公方様はどんな方ですか」
信長は肉を頬張りながら私を見た。
「会う気はないのか」
「面倒臭そうなので遠慮します」
肉を咀嚼し、酒で流し込む。
「一目でわかる方だ」
「一目で」
「そうだ。
血で生きてる方だ」
「足利の血筋以外には何もない、そういう事ですか」
「どうとでも解釈してくれ」