(包囲網)1
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足利義輝は和議がなったお陰で久しぶりに京に戻れた。
近衛家の娘が正室として嫁いでも来た。
傍目には順風満帆に見えるかもしれないが、
当人は鬱々とした日々を過ごしていた。
肝心の幕政が三好一門と伊勢一門に牛耳られ、
義輝の意向が軽んじられていたからだ。
しかし、それを脱する手立てがなかった。
新年過ぎた頃合いに六角義賢が入洛をした。
一人の少年を伴っていた。
浅井賢政。
戦死した浅井久政の嫡男だ。
観音寺城で義賢が鳥帽子親として元服を済ませていた。
新年の挨拶もそこそこに、浅井賢政の目通りを願い出た。
「亡き浅井久政の嫡男です。
どうかお目通りお許し下さい」
事前に互いの近臣同士で打ち合わせていたので、直ぐに許された。
六角義賢は打ち合わせたままの文言を口にした。
「この者に小谷城を取り戻してやりたいのです。
公方様、どうかお力添え下さい」
仕事を欲していた足利義輝に否はない。
二言三言交わしただけで偏諱を与えた。
「浅井義政、小谷城を取り戻してやろう」
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観音寺城の居館の奥まった小部屋。
六角義賢は密かに主立った者達を集めた。
家督を継いだ六角義治。
重臣中の重臣・後藤賢豊。
先の美濃攻めで戦死した進藤賢盛の嫡男・進藤治宗。
同じく先の美濃攻めで戦死した蒲生定秀の嫡男・蒲生賢盛。
平井定武。
三雲賢持。
目賀田綱清。
そして浅井義政。
家督を嫡男に譲っても実力者は六角義賢。
当然のように上座に腰を据えた。
「このところワシは忙しくて入洛しておらぬが、
義治、公方様のご様子は如何だ」
嫡男の六角義治が生真面目に答えた。
「御内書の鬼になっておられます。
近隣はもとより、北は伊達大崎から、南は大友島津にまで、
知る限りの全てに出されておるように思われます」
「それは些かやりすぎだろう。
伊達や大崎、大友に島津か、それらが迷惑するだろう。
それに添える副状を書く三好や伊勢が、よく止めぬな」
「お二方には内緒で進められております。
そこで副状は大館晴光か細川藤孝か、その辺りの者が」
六角義賢は後藤賢豊に尋ねた。
「細川晴元殿は如何だった」
「話をしたところ、大層ご機嫌になられました。
公方様同様に無聊をかこつ日々だったようです」
「それでは引き受けて貰えたのか」
「はい、一も二もなく飛びつかれました。
何時にても手勢を集めるとお約束頂けました」
「見返りは」
「少々融通せよと」
「どのくらいだ」
「御心配には及びません。
こちらにとっては小銭です」
進藤宗治に尋ねた。
「若狭の武田家はどうだ」
「親子での争いに決着が付きました。
嫡男の義統様が勝ち、信豊様は追放されました」
「すると相手は義統殿か」
宗治は深く頷いた。
「はい、信豊様はもう駄目でしょう。
・・・。
義統様と交渉したところ、六角家の後ろ盾が欲しいと申されるので、
私の一存で引き受けました。
代わりに今回の件では喜んで出兵するとの事です」
蒲生賢盛に尋ねた。
「朝倉家はどうだった」
賢盛は神妙に答えた。
「朝倉義景様にお会いいたしました」
「それで今回の件は」
「六角ではなく、公方様に御奉公すると仰いました」
「味方してくれるなら、それでいい」
「ただし、雪解けまで待ってくれと」
「当然だな」
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