(近江)10
観覧席は階段席になっていて見通しがいい。
私の席は階段席のど真ん中。
周囲を美濃勤番の大人衆や諸役方本人や家族が占めていて、
不審者の入る余地はない。
ここでは影武者の出番もない。
代わりに旗本隊の精鋭が最前列と最後列に陣取っていた。
更には城下町にも展開していた。
私の右席には美濃勤番の参謀・新見金之助。
左席には稲葉山城勤番、一番隊の隊長・松原忠助。
前の席には西濃城勤番の二番隊の隊長・武田貫太郎。
東濃城勤番の三番隊の隊長・井上源次郎。
加納城勤番の十番隊の隊長・原田佐太郎。
各隊長は馬揃え出場を辞退していた。
聞いてみたら、「私達は部下を採点します」と答えられた。
どうやら正直な気持ちらしい。
それぞれの手元には十数枚の紙と筆が置かれていた。
大変だなと思っていたら、私の手元にも紙と筆が運ばれて来た。
新見が言う。
「殿は採点ではなく、これはと思った者の名を記して下さい。
誰か分からない場合は、各隊長に聞いて下さい。
殿が選んだ者には金一封を贈呈します」
法螺貝が吹かれた。
それを合図に観閲式が始められた。
左手から派手な演奏で軍楽隊が行進して来た。
派手な旗指物が風に揺れた。
法螺貝、陣鐘、陣太鼓までは承知していた。
が、音色はそれだけではなかった。
角笛、尺八が加えられていた。
更には意表をついて輿に乗って琵琶法師が登場した。
これには皆がどよめいた。
松原がうな垂れた。
「これは卑怯だろう」
続いて二番手。
真新しい仕事着の職工達が行進して来た。
それぞれの職種を表す道具を持参していた。
男ばかりではない。
女や元服間近い子供も含まれていた。
驚いた事にきちんとした足運び。
本職並みとは言わないまでも、混乱はない。
事前に聞いていなかった私は目が点。
「これは」
新見が説明してくれた。
「直訴されました。
俺達も明智家の家来だろう。
のけ者にするのかと」
「ああ、そうだよな。
それは私が気が付かなくて悪かった。
でも、よく乱れなく行進できるな」
「仕事が終わってから毎日練習していましたよ」
本職が登場して来た。
総員参加ではなく、各隊から選抜された者達の行進だ。
まず一番隊から。
盾足軽五十名、槍足軽五十名、弓足軽五十名、鉄砲足軽五十名。
そして馬印と旗印、番隊旗を掲げた騎馬足軽百騎。
鉄砲隊がお約束で、観覧席の真ん前で空に向けて実射。
その轟音にも馬の群れはびびらない。
隊列を乱さず堂々の行進。
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☆
三好長慶は松永久秀を茶室に呼び、自ら茶を点てた。
一口味わい久秀は茶碗を繁々と見た。
「天目ですかな」
「似ているが、これは近くで焼かれた物だ」
「朝鮮」
「もっと近い」
「まさか・・・、我が国」
「そうだ」
長慶が久秀に微笑む。
久秀はその意味を理解した。
「美濃焼はそれほどの物ではなかった筈ですが」
「そうだ、それは昔の話だ。
今は銭儲けの明智家がある。
美濃焼にその銭を投げ込んだそうだ。
で、良い焼き物に仕上がったと言う訳だ」
久秀は茶碗を下ろした。
「あ奴、美濃と近江で馬揃えをやったかと思えば、次は焼き物ですか。
何を目指しているのでしょうな」
「さあな、あの者はよう分らん。
それより分かる話をしよう。
公方様との和議がなったら、お前には慶興を頼みたい」
「若殿を如何様にしろと」
「公方様に慶興を近付けたい。
いや、近付けざるを得ない。
ワシが公方様の側にいるより、慶興の方がよかろう。
さりとて、取り込まれては困る。
その辺りの塩梅をお主に任せたい」
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