(近江)9
関ケ原を過ぎると明智家の西濃城勤番の二番隊の管轄地。
国人衆の支配地も入り混じっているが、お構いなし。
隊長・武田貫太郎が堂々と警護の騎馬隊を派遣してくれ。
先導として百騎、後備に百騎。
馬揃えに出す馬だそうだ。
立派な馬体だ。
長良川を渡り終えたところで警護が一番隊に引き継がれた。
この一番隊が稲葉山城勤番、隊長は松原忠助。
彼もまた騎馬隊を派遣してくれた。
二番隊の馬と遜色ない馬体。
それもこれも牧場での育成の賜物だろう。
褒めてやらねば。
金一封と酒樽でいいな。
稲葉山城に入ったのはいいのだが、なにこれ。
私、仕事多くない?
馬揃えの観閲に来ただけなのに。
目の前に書類が山積みされた。
それを運んで来た美濃勤番の参謀・新見金之助に諭された。
「皆が殿に自分の仕事振りを見て欲しいと言っています」
財務とか経理とか、それ私に回すのか。
美濃勤番の大人衆や諸役の仕事だろう。
はあ、それにしても一番多いのは職工達からの歎願書。
あれ作りたい、これ作りたい。
こんな物はどうですか。
資料となる本を大陸から仕入れて下さい。
もっと良い材料はないですか。
書類で音を上げていたら、それだけではないと言われた。
私に面会を希望する者が列をなしていると言うのだ。
全員との面談は不可能なので、大人衆が上手く仕切ったそうだ。
違うだろう。
私に回さずに大人衆が面談しろよ。
最初は斎藤家の近江の方だった。
手空きの大人衆の立ち合いで、大広間で面談した。
「お会い頂きありがとうございます。
この度は願いの筋があり、参上いたしました」
「何かありましたか」
「次男のことでお願いがあります」
嫡男が喜太郎、次男は小太郎。
「覚えています、それが」
「次男の小太郎に浅井家を継がせたいのです。
お願いできますか」
「それは近江の浅井本家を継ぐと言うことですか」
「はい、兄が亡くなり、その嫡男は六角家の質のまま。
分家筋が本家に取って代わる様子もありません。
でしたら、私の子をと思った次第です。
図々しいとは思いますが、この願い、
聞き届けては頂けませんでしょうか」
「私としては異存はありません。
が、念の為、そちらから分家筋にも話を通して貰えませんか。
小太郎殿が暗殺されては元も子もありませんからね」
それからは国人衆、地侍衆、商人衆、寺社衆と暇なく続いた。
仕切ったとは聞いたが、問題別に仕分けてはいなかった。
お陰で、七面倒臭い面談になった。
何度も繰り返される同じような質問。
「明智様は国主として・・・」
「明智様は守護代さまとして・・・」
私は国主でも守護代でもないので、美濃国の政務には関わらない。
ただし、当家の邪魔をする者は叩き潰す、そう説明した。
曖昧な言い回しをすると互いが不幸になるだけなので、
簡潔明瞭を心がけた。
分からない者はいないと思う。
いよいよ観閲式。
私は城門前に設けられた観覧席に案内された。
入り口に大勢の着飾った女子供がいた。
見知った顔が多い。
実家時代に銭雇いで集めた者達の家族だ。
流民となっていた彼等彼女等はみすぼらしかった。
衣服だけでなく、髪も肌も埃に塗れていた。
財産は背中に担げるだけ。
それが今は信じられないくらい着飾っていた。
けっして成金でも、傲慢でもない。
今でも彼等彼女等は、普段は質素な身なりをしていた。
金遣いが荒いとも聞いた事はない。
これは私に見せる為のものだ。
着飾った姿で私に伝えたいのだろう。
女子と言っても侮れない者が幾人もいた。
前の地では才能を開花させる機会がなかったのだ。
そんな女子達に私は場を与えた。
戦ではなく職工や研究の道だ。
ある者は稲の品種改良に著しい成果を上げた。
またある者は牛馬の品種改良に。
またまたある者は茸の品種改良に。
絵師として開花した者もいた。
学校の教育者として開花した者も。
数え上げればきりがない。
足下にポテポテと小さな子が歩み寄って来た。
私を見上げて両手を差し出した。
喜んで抱き上げた。
頬擦りをして、ゆっくり皆を見回した。
「みんな、今日は楽しんでくれよ」