(近江)8
大人衆筆頭の伊東康介の番になった。
「屯田の村からの新兵が増えました。
ある程度、まとまった数になりましたので、
そろそろ配属しようと思います。
各隊に千名。
余剰人員はすべて十番隊に回します。
予備として抱えさせます」
「そちらは任せる。
それにしても増えるのが早いな」
伊東は至極当たり前の顔をした。
「戦を経験した者が多いので、仕上げ易いのです」
戦は日常化していた。
東でも西でも下剋上が演じられていた。
それは武士階層だけの閉じられた世界の話ではない。
町人だろうが、村人だろうが、否応なく徴用と言う名で巻き込まれ、
足軽雑兵として駆り出された。
そこから逃れるには死ぬか、流民と化すしかなかった。
「喜んでいいのか、嘆いていいのか」
「ここは一つ、明智家の為にも喜びましょう。
多過ぎて困る事はありません。
銭と同じです。
・・・。
そこで早速、働かせてみようと思うのですが」
「どうやる」
「恭順した手勢も各隊に与力として振り分け、
きちんとした進退ができるかどうかを試したいと思っています」
私は閃いた。
「馬揃えをするか。
美濃の兵は稲葉山城下町で、近江の兵は小谷城下町で行わせる。
ついでに法螺貝を吹かせ、陣鐘をつき、陣太鼓を叩かせ、鉄砲を放つ。
ドンパチ、ドンパチ、派手派手しい馬揃えなんてのはどうだ」
大人衆に任せると仕事が早い。
二月後には稲葉山城下町で馬揃えが行われる事になった。
私はそこへ向かった。
なにせ私が一方の主役。
主役として観閲せぬ訳には行かぬ。
もう一方の主役は馬揃えで行進する足軽達。
どれだけ派手派手しく見せくれるのか、今から期待が高まる。
特に法螺貝や陣鐘、陣太鼓、これを一隊として編成し、
軍楽隊としたそうだ。
どのような形になっているのか楽しみだ。
襲撃を想定して私は小谷城を出た。
供は当然、旗本隊二千名、隊長は近藤勇史郎。
先方が斎藤一葉率いる五百名。
二陣が長倉金八率いる五百名。
本隊が近藤率いる五百名。
後備が土方敏三郎率いる五百名。
本隊には翩翻と馬印と旗印。
真ん中辺りは馬群に囲まれて、誰が誰やら。
よく見れば騎乗の近藤の後ろに騎乗の私、ではなく、
影武者・堀部弥平が槍持ちの堀部弥吉を従えていた。
傍目には誤魔化せるだろう。
当の私は後備に紛れ込んでいた。
小荷駄隊の陰にいた。
勿論、目立たぬように徒士姿だ。
隣には同じく徒士姿の沖田蒼次郎と山南敬太郎。
二人とも五百人頭に昇格したのだが、徒士姿は特に嫌がっていない。
飄々としながら私の周辺に目を配っていた。
しかし殿様稼業も大変だ。
外に出る度にこんなに歩かされるとは。
時折、土方が見回りに来る。
そして私に指摘する。
「おい、わけえの、しっかり歩けよ」
その度に沖田か山南が私の背中を引っ叩く。
「だそうだ」
いっ、痛いよ。
私は足下を見て自分を褒めた。
偉いよ自分。
稲葉山までの街道がしっかり整備されていた。
明智家主導で銭を投入した成果が目に見える形になっていた。
荷車を連ねても路肩が崩れない。
轍も地元民の補修が早いのか、目立たない。
これなら稲葉山と小谷間の行軍速度が上がり、
万一の際の救援が容易になる。
気懸かりは敵に使われた場合だが、策は講じていた。
地元の不破光治から一帯の土地を購入し、関ケ原に城を普請していた。
これが完成すれば東山道は当家の掌中のもの。
商売もし易くなる。