(近江)6
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新年を迎えて間もない朽木谷が暗雲に覆われた。
都から寝耳に水の知らせが届けられた。
足利義輝は驚愕のあまり、立ち上がりかけた。
「なに、改元だと」
弘治から永禄への改元が決まった。
将軍抜きで進められたことに義輝は怒りを覚えた。
改元発布は本来は朝廷の専権事項だったが、
武士の台頭により干渉を受けるようになった。
最大の問題はかかり費用。
今の弱体化した朝廷では捻出できない。
そこで費用を武家政権に頼るようになった。
金をだせば口もだすもの。
干渉を受けざるを得ない状況に置かれた。
なのに今回は武家政権の頭領抜きで決められた。
義輝は一呼吸を置いて立ち上がった。
小姓から太刀を奪うように受け取った。
鞘を板間に投げ捨て、抜き身片手に庭先に飛び降りた。
軽い足取りで立ち木に向かい、ススッと歩を進めた。
上段からの斬り落とし、袈裟斬り。
「ボキン」
はばきから折れた。
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松永久秀は三好長慶に報告した。
「朽木谷のあれが釣れました。
改元の怒りのあまり、あちらこちらへ御内書を出しております」
「大漁になるかな」
嬉しそうな顔の長慶を久秀は頼もしく見遣る。
「少なくとも管領や六角は」
「もう少し欲しいな」
「近場ですと目ぼしいのは似非守護代か国人衆くらいでしょうな」
「集まりが悪くて出陣せぬでは困る。
なんとかしてやれ」
「そればかりはなんとも」
「そうか、なんとしても公方様を鳥籠に押し込めたいものよ」
「臣としては、戦ですから討ち取っても問題はない、そう申し上げます」
長慶は溜息ついた。
「お主だから言わせてもらう。
・・・。
ワシにその気はねえよ。
小さな頃から馬鹿な連中に馬車馬のように働かされて、もうがたがた。
お陰さまで新しい家を建てるような元気は少しも残っちゃいねえ。
ぼろぼろだあ。
幕府なんて糞食らえだ。
魏の曹操殿のように途上にて死ねれば本望だな」
久秀が真剣な目で主を見た。
躊躇いがちに口にした。
「曹操殿のお子が献帝から禅譲されています」
長慶は久秀を見返した。
目が笑っていた。
「お主は相変わらずだな。
お主が司馬懿で久通が司馬昭となるか」
慌てて久秀は平伏した。
「滅相もございません。
一族、末代までの忠誠をお誓い申し上げます」
長慶は満足げに笑みを浮かべた。
「戯言よ、戯言。
お主や久通は信用している。
信用できぬのは・・・、言わぬが花か」
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足利義輝が挙兵した。
朽木谷から坂本を抜け、賛同者と合流して如意ヶ嶽に陣を置いた。
幕府奉公衆と管領・細川晴元、三好政勝、香西元成らの手勢、
これに六角家からの支援も加わり、おおよそ三千名。
万の兵を予想していたが、あまりに少ない。
義輝としては当てが外れた。
六角家の兵が少ない訳は理解していた。
小谷城の明智家への備えを残さざるを得なかったのだ。
それでも忸怩たるものがあった。
自分の読みの甘さではなく、自分に挙兵を勧めた者の読みの甘さにだ。
特に管領・細川とか、管領・細川とか、口だけは威勢がいいのだが、
使い古しの手駒、三好政勝と香西元成の手勢だけとは。
血筋だけで、なんとも頼りなき者よ。
嘆息をもらした。
それとなく周りを見回した。
皆が自分に注視していた。
隅の方の新参者が身を乗り出した。
「某が一当てして参りましょうか」
明智光秀。
手勢は少ない。
二十名ほど。
新参者にしては、・・・場を弁えた気遣い。
心意気は買うが心許ない。
義輝は近臣の細川藤孝を見た。
「光秀をその方の与力とし、軍勢を見繕い一当てして参れ。
足利の戦ぶりを光秀に確と伝授するのだ」
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