(近江)5
廊下で足音が止まった。
室内に向けて跪く気配。
「慶興様がおなりです」
三好慶興。
長慶の嫡男だ。
機嫌の分かり易い足音が近付いて来た。
昨日、先触れから聞いていたので、気持ちは分かる。
部屋の外でピタリと止まった。
「父上、入ります」
先客の松永に気付いた。
「出直しましょうか」
「構わん。
久秀にも話してやれ」
「はい」
慶興は懐から書状を取り出した。
それを父に手渡し、松永に説明した。
「久秀殿、お前のお気に入りの近江のあれから手紙が来た」
「はあ、お気に入りですか」
「門前払いしたあれだ」
松永の顔が一変した。
「小谷城のあ奴ですか」
「そうだ、私と同年生まれだそうだ」
三好長慶は手紙を一読すると、顔をほころばせた。
「慶興、取り次ぎは誰だ」
「久通です」
松永久通。
久秀の嫡男だが、今は手元を離れて慶興の側仕えをしていた。
これには久秀も驚いた。
廊下に控えていた久通を睨み付け、慶興を見た。
「聞いておりません」
慶興が軽く頭を下げた。
「すまん、私が内密で運ぶように指示した。
怒らんでやってくれ。
私も返事が戻って来るとは思わなかったのだ」
長慶も慶興の味方をした。
「そういう訳だ」
手紙を久秀に手渡した。
久秀は複雑そうな顔で読んだ。
読むに従い顔色を変化されて行く。
「喰えぬ奴ですな」手紙を長慶に戻した。
受け取って長慶が言う。
「慶興と同年。
久通の一つ上。
それでも名の知れた城を二つ落とした。
まともではなかろう。
・・・。
久通、小谷城に赴いたのだろう」廊下に控えている側仕えに尋ねた。
「はい、慶興様のお手紙を届けて参りました」
「それでどうだった」
「明智家の領内は戦後とは思えぬほど平穏です。
前の城下町は知らないので比べようがないのですが、
今の城下町は大いに栄え、人で溢れています。
その為、各地から商人がやって来て店を構えているそうです」
「城の様子は」
「私は城には入れてもらえませんでした。
それでも門番や取次役方が丁寧に応対してくれました。
てきぱきして目端が利く者ばかりでした。
あれで全員が足軽だと言うのですから驚きです」
長慶は目を窄めた。
「取次役方も足軽なのか」
「はい、直臣は全て足軽で、役付きか、そうでないか、
それだけの違いだそうです」
「なんだそれは」
「足軽としての家禄を銭で支給され、
役付きになると役付手当てがそれに上乗せされるそうです」
「ほう、武士ではなく足軽か、そして土地は与えぬのか」
「はい、代わりに銭で貰う、そう申してました」
「美濃や近江の国人達はどうしてる」
「仕えている訳ではありません」
思わず久秀が尋ねた。
「美濃勢が浅井や六角と戦ったときは、
明智家の下に纏まっていたと聞いたが」
「一時の方便のようです。
ですが表立って明智家に反抗する国人はいないと思われます。
明智家の軍はいつ何時でも戦える態勢でいますから」
「それほどか」
「農村から徴用しないでも一万を超える足軽を動かせます。
これに恭順した地侍の与力勢を加えると一万五千。
美濃近江の国人が従えば三万を優に超えます」
「鉄砲もあると聞いたが、それは」
「二千丁も間近いと聞き及んでいます」
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