(近江)4
庭先に新顔が現れた。
堀部弥平と堀部弥吉の親子だ。
きょろきょろと辺りを見回した。
私と視線が会うと安心したらしい。
小走りで寄って来た。
「お招きにより罷り越しました」二人して跪いた。
血が繋がっていない親子だが、息が合っていた。
それに比べると、私は父や兄とは血が繋がっていたが、
息が全く合っていなかった。
まあ、今更だ。
堀部弥吉が私を見て言う。
「小耳に挟んだのですが、お公家様がいらっしゃったようです」
「取次役方に回したのだろう」
「いいえ、門番と押し問答を繰り返しておるそうです。
城主に取り次げ、取り次げの一点張りで、一歩も引かぬとか」
聞き分けのないお公家様だ。
そんな奴に備えて門番には殺す殺さないの裁量を与えておいた。
殺したら琵琶湖の魚の餌にしろとも言ってある。
さあ、どうなるか。
近藤勇史郎と土方敏三郎が戻って来た。
犬の太郎と花子、それに美濃で生まれた子犬四匹を連れ、
城の裏山を散歩して来たのだが、妙に顔色が悪い。
たぶん、子犬の我儘に振り回されたのだろう。
でもそのかいあってか、子犬が二人に懐いていた。
近藤が私に報告した。
「裏山で山窩衆の狩人達と遭遇しました。
彼等に、殿に感謝していると告げてくれと頼まれました」
「何かあったか」
「屯田の村の店のことです」
郡代役方に、全ての屯田の村に商店を置くように指示した。
その村の利便性は当然として、
近辺の村や山窩衆や河原衆も顧客として捉えた。
商店では生活必需品を取り揃えるだけでなく、
山窩衆や河原衆から持ち込まれた物の買い取りも行わせた。
「あれか、上手く回せているみたいだな」
「怪我した将兵の雇用先にもなっているので、皆が感謝しています」
郡代役方には、売買価格に目を光らせるようにとも指示した。
悲しい事に、お金が絡むと必ず澱み、歪みが生じるからだ。
「簿記はどうだ」
「はい、勘定奉行所が滞りなく行き渡らせています。
人が足りないところも有るようですが、
その場合は屯田の村学校の子供達に手伝わせておるそうです」
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三好長慶は執務室で書状を読み、首を傾げた。
先方の右筆の手になるものだろうが、要領を得ぬ。
これは判じ物か。
悩むだけ時間を無駄にさせられる。
すると下座から声がかけられた。
「如何いたしました」
松永久秀。
才気走る傾向にある男。
長慶は松永が、一族の者達に毛嫌いされているのは知っていたが、
割と愛嬌もある性格なので側に置いていた。
悩みの元の書状を手渡した。
松永は恭しく受け取り一読すると、片頬を崩した。
「この方は相変わらずですね」
「だから困ってる。
こいつは何がしたいんだ」
「甘い汁を吸いたいだけだと思います。
戦端が開かれるまではこの調子でしょうね」
「相手するだけ無駄か」
「いいえ、とんでもないです。
公方様とのお手紙の争いになりますので、
殿には頑張っていただきたいのです」
長慶が片眉を釣り上げて久秀を軽く睨んだ。
「ワシはその公方様に代わって政務を執らされているのだぞ」
「書くのは右筆です。
それに、もう少しの辛抱です。
京雀どもが阿波幕府と揶揄しています。
これが続けば公方様も腰を上げざるを得ぬでしょう」
「本当に腰を上げてくれるか」
「上げなければ、そう仕向けるだけです」
「頼むぞ」
阿波は三好氏の本貫地。
三好氏は昔から畿内での政争が袋小路に入ると、
管領である細川氏により渡海させられた。
戦いの度に公方様を朽木谷に追いやった。
お陰で三好氏が政務を代行するのが毎度の事。
京雀や京烏には馴染みのある光景。
今では誰もそれを不思議に思わない。
管領である細川氏や禁裏ですらもだ。