(開演)5
父は渋い顔で祖父達を見回した。
おもむろに口を開いた。
「うむ、お前が一番に収めている。
他を合わせても、お前が断トツに多い」
兄が息を飲む。
叔父は口笛を吹くかの様な溜息。
呆れ顔の祖父、それでも私に問うのは止めない。
「矢銭は分かった。
初陣の話も一旦、置いておこう。
・・・。
お前自身は戦働きはせぬのか」
「人には向き不向きがあります。
私に戦働きは不向きかと」
「光秀が万一の場合はお前が継ぐのだぞ」
「あ、それは鶴松に譲ります」
六歳の弟、幼名・鶴松。
この私の発言に祖父だけでなく、全員が挙って驚いた。
言葉に詰まる祖父。
私を凝視する兄。
目を瞑る叔父。
父が顔色を変えて身を乗り出した。
「正気か」
「はい、私は矢銭で明智家に貢献いたしたいと思っております。
今は父上に。
次は兄上に。
万が一があれば弟に」
「戦が嫌いか」
「嫌いと言うより、物作りするのが好きなのです。
実際に働くのは雇った者達ですけどね」
目を見開いた叔父が床をドンと叩いた。
「戦も間近いことですし、今日はここまでにしましょう。
光国、他の者に今の話は無用、いいな」
「はい」ホッと一息。
前世の戦死の原因ははっきりしていた。
戦術とか戦略とかの高等な問題ではなかった。
軍を盲信した、それが悪かった。
一切を軍に委ねて治癒・回復に専念していたが、
気付いた時には敵の奇襲を受けて戦死した。
他人任せのただの専門馬鹿だった。
なので今世は自分で全て仕切った。
物作りだけでなく、防御体制まで整えた。
職工、工場、商家、それらを守る傭兵。
それを明智家に見えぬ形で揃えた。
でも、今それを明かすのは悪手。
時期が来るまで沈黙、沈黙、これ大事。
四五日もすると私の周りの空気が重々しくなった。
予想はしていたので驚きはない。
父、兄、祖父、叔父、そして私。
五人で密会した際の私の言動が流布したのだろう。
五人での密会と言っても、
それぞれの側仕えや近習が部屋の隅に控えていた。
当然、声は聞こえた。
当主の祐筆が一言一句逃さず書き残しもした。
他言無用と釘をさしても、この手の話題は誰かに喋りたくなるもの。
お家の機密に自分は関わっていると、それとなく自慢したいもの。
人の口に戸は立てられぬのは前世も今世も同じと溜息ついた。
私はもう一人の側仕えの奥女中・お宮に尋ねた。
「色々、耳に入ってないか」
キョトンとしたお宮。
直ぐに手をポンと打った。
「あ~、あれですか。
矢銭とか、お家継承のあれですか」
「そう、それ。
お宮はどう思った」
「口さがない人には困ったものですね。
でも私は若様の味方です、大いに感謝しています」
「感謝か・・・」
「【虫除け香】【花香】は素晴らしいですわ。
私の家は夏になると欠かせません。
妹が怪我した時は若様の塗り薬で治しましたし、
近江の縁戚の者も助けて頂きました」
「近江の・・・」
「潰れかけの地侍で、そこの三男と次女の行き場がなかったのです。
それで私、若様が銭雇いしているのを知っていたものですから、
その事を先方に教えました。
すると二人だけでなく次男を入れた三人で飛んできましたので、
私が二人を連れて職工寄場に参りました。
お陰様で運良く雇って頂くことになりました」
私の側仕えの紹介うんぬんかんぬんで雇った訳ではないだろう。
なにせ慢性的に人手不足なのだ。
新田開発、水路整備、農道整備にも手を出しているので、
猫の手でも借りたい忙しさ。