(近江)3
猪鹿の爺さんが答えてくれた。
「ご実家のお母上様の伝手だそうです」
「母が・・・。
たしか若狭の守護家から嫁いで来たとは聞いていたが、
実際は家臣からの養女ではなかったのか」
「養女でも身分は守護の娘です。
公方様に近付くには、またとない身分となります。
その紹介状があれば、近臣も公方様の耳に入れざるを得ぬでしょう」
芹沢が口を差し挟む。
「それなら我らも使わせて頂きませんか。
若狭の武田家には恰好の伝手です」
「それは止めておこう。
私は汚れてもいいが、家族は道連れにしたくない。
これから先も汚れて良いのは私だけだ。
あ、忘れていた、お主らは道連れだな」
使者自体の立ち入りを拒んだ。
門前払いに兄は困惑した。
強引に入ろうとすると、門番が大勢で人壁を作った。
「許しのない方を入れる事はできません」
はいそうですかと引き下がっては幕臣としての面子が立たない。
副使として付いて来た腕自慢の者達が強引に押し入ろうとした。
朽木谷で暇して剣術修業をしていた面々。
足軽の門番風情がと侮った。
ところが意に反し、こてんぱんに打ち据えられて叩き出された。
兄は困った末、顔見知りの大人衆を説いて回った。
だが、糠に釘、馬の耳に念仏。
城の者達は、城外で兄達の姿を見ると嘲笑う始末。
芳しくないまま十日が過ぎた。
副使として来ていた幕臣達に相談した。
「このままでは面会の見込みが付きません」
「弟殿はどうして頑なまで会おうとしないんだ」
「やはり、身分かと」
「無位無官と言ってはいるが、それだけが理由か」
私は居館の庭で肉を焼いていた。
沖田蒼次郎が持ち込んだ牛肉で、賄いは山南敬太郎。
焼き上がりを見計らったかのように猪鹿の爺さんが来た。
「公方様の御内書の内容が判明しました」
爺さんは誰も勧めていないのに箸を手にした。
「食う前に話せ」
「はい、承知いたしました。
どうやら六角義賢の意をくんだようです。
小谷城を浅井の嫡子・猿夜叉丸殿へ返還せよ。
そう書いたそうです」
予想に反していた内容だった。
三好家と戦になったら我の味方に馳せ参じろ、そう来ると思っていた。
まさか猿に城を返せとは。
「読んだのか」
「いいえ、さる方から」
「そうか、銭か。
買えぬものはないな。
・・・。
ところで後ろの女子は」
爺さんの背中に女子が見え隠れしていた。
「殿、女子に目が行くとは流石です」
どこが流石なんだ。
その女子が背中から出て来た。
見目の良い顔立ちだ。
年の頃も背丈も私と同じくらいか。
女子が私に跪いた。
「孫のお蝶と申します。
此度は殿の側仕えをする為に罷り越しました」
側仕え決定なのか。
「猪鹿蝶と言うのか」
お蝶がニコリと笑う。
「はい、ちょうです、何卒よしなに」
近くで魚をお園とお宮が焼いていた。
目は魚に向けていても、耳はこちらに向けていたらしい。
お園がこちらを振り向いた。
「お蝶さん、こっちいらっしゃい」
いい笑顔で手招きした。
お宮も微笑んでいた。
「こっちで側仕えのお話をいたしましょうね」
お蝶は私と爺さんを交互に見て、とっさに悟ったらしい。
「はい、お願いします」
そそくさと立ち上がった。
仕事に復帰しますので、これより不定期投稿になります。
銭を稼いできます~♪ 稼いできます~♪ たぶん。