(近江)2
結局、実家の皆は領外に退去する事を選んだ。
さりとて直ぐに次の当てがある訳ではないので、
足弱の老人や女子供を残して、若い者達が仕事探しの旅に出た。
伝手を活かして仕官すると言う。
私は居残った者達に城下町から外れた屯田の村を世話した。
弟や妹、そして他の子供達に申し伝えた。
「ここは銭雇いが暮らし、耕し、鍛え、学ぶ村だ。
普通に仕事していれば食うには困らない。
職人になるもよし。
足軽になるもよし。
領外に出るもよし。
時間はたっぷりある。
よく考えて選ぶがいい」
弟に尋ねられた。
「兄上、私はここで侍になりたいです」
「それは光秀兄上と話し合ってから決めろ。
兄上が土岐明智家の当主だからな」
妹にも尋ねられた。
「私、光国兄上と一緒にいたい。
駄目ですか」
「それは嬉しいが、光秀兄貴と話し合ってからになるな」
母が私を呼び止めた。
「光国殿、ちょっと宜しいかしら」
「はい、母上」
「貴方にとって土岐明智家とは何なのですか」
「兄上が継ぐべき家です。
それ以上でも、それ以下でもありません」
母は寂しげな顔をした。
「愛着はありますか」
「はい、それなりに」
「それでも兄を助けてくれないのですね」
「はい。
助けるのは簡単です。
でもそれをやれば、兄上の立場がなくなります。
そしてそれは何れ兄の廃嫡に繋がります。
必ず出るのですよ。
不平不満を形にして現す愚か者が。
母上はそれを見たいと思いますか」
父の反乱も私への不平不満の現れだったと思う。
そういう事は当世、珍しくもない。
親子で、兄弟で、近しい者同士で争う。
それを周辺は煽りに煽って、甘い汁にありつこうとする。
その手の話は腐るほど聞いた。
面倒臭いことになった。
どういう伝手か知らないが、兄が室町幕府に仕え、
その足で公方様からの御内書を持って戻って来た。
近臣の副状が添えられているので、体裁は整っていた。
取次役方の話では、兄はそれをさも得意そうに取り出したそうだ。
「公方様直々に頂いた」
暗殺好きと噂の剣豪将軍・足利義輝。
彼は三好長慶に追われて近江の朽木谷に避難していた。
避難してもう五年ほどか。
それでも京の幕政は将軍や重臣がいなくても成り立っていた。
日常業務を三好一党が代行していたからだ。
追い出した者なりの責任の取り方かも知れない。
朝廷と連携して、滞りなく政を行っていた。
お陰で公方様御一行は避難先で大いに暇していた。
暇すぎて趣味に没頭する毎日を送っていた。
その一興として、兄を取り立てたのかも知れない。
なにしろ琵琶湖の対岸に小谷城がある。
此度の戦火が朽木谷に及ばなかったにしろ、興味はそそられる。
土岐明智家の兄と稲葉山明智家の弟。
無聊をかこつ者としては、うってつけの暇潰しだ。
大広間に近江にいる大人衆を集めた。
「皆も知っているように、兄がしでかした。
よりにもよって公方様だ。
困った困った、大人の悪知恵を貸せ」
芹沢嘉門が苦笑いを浮かべた。
「困ったようには見受けられませんが。
良いでしょう、大人の悪知恵を。
・・・。
御内書は開けませんが、添えてある副状は確認しました。
大舘晴光でした。
どうやら本物のようです。
逃れられませんが、幸いにも殿は無位無官。
使者様にお会いするのは失礼です。
ここは一つ、逃げの一手で参りましょう」
「分かった、面会は固辞しよう。
使者を城に入れるな。
公方様の御内書に触れるのも、おこがましい。
・・・。
ところで兄はどういう伝手で公方様に会えたのだ」