(関ケ原)8
商人と言う生き物は凄い。
翌日には戦勝祝いを持って来た。
小谷城下町の商人より、稲葉山城下町の商人より、
観音寺城下町の商人が先に来た。
本来は取次役方を通してからの案件だが、猪鹿の爺さんが、
「あいつは六角家の御用商人です」と言うので特例で会うことにした。
大広間で小柄な男が頭を下げていた。
私が許すと、スイッと頭を上げた。
「ご尊顔を配し奉り恐悦至極でございます。
手前は観音寺城下町にて商いをいたしておる、
蓬莱屋仁左衛門と申します」続けて、つらつらと戦勝祝いを述べた。
誉め言葉の羅列。
面と向かって言われると恥ずかしい。
そして長い、長すぎる。
かと言って止めるわけには行かない。
言葉ははっきり分かるが、腹の底が見えないのは困りもの。
待っていると、ようやく口を閉じた。
目録を側仕えの斎藤一葉に渡した。
私はそれをチラリと流し読み。
「大儀、感謝する。
せっかく来たのだ、何か望みはないか」
待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「稲葉山城下町とこの小谷城下町で店を構えたいと思います。
どうかお許しを」
その後、猪鹿の爺さんが私の執務室に来た。
「殿、どうして奴の店をお許しになったのですか」
「祝い品を見たか」
「大した物で。
それが如何いたしました」
「あれを見たら断れん。
言い分を聞いてやるしかなかろう」
「しかし、甲賀衆が店の者に紛れて入りますよ」
「当然だろうな。
目に余るようなら神隠しを許す。
ついでに他家の紐付きも本物の商人以外は神隠しだ。
表では決して血は流すな、いいな」
「はい、承知しました」
「神隠しで甲賀衆の報復を受けたら拙い。
大事な身内は稲葉山城かここに移せ」
意外な祝い客も来た。
松永久秀。
畿内をほぼ平定した三好長慶の家来だ。
三好家は六角家とは対立しているので、
こちらの様子を窺いに来たらしい。
だからと言って私は誰とでもホイホイ会う訳ではない。
当家の家来に松永久秀を見知る者がいないので、
本人かどうか確かめようがなく、取次役方扱いとした。
物凄く失礼ではあるが、書状も祝い品も受け取らない。
三好長慶からの書状と言われても、花押を知らないから、
これも本物の書状なのか偽物なのか、判断のしようがないのだ。
取次役方によると、松永殿は書状と祝い品をその場に投げ捨て、
「この田舎者が」と怒鳴ってお帰りになったそうだ。
いやあ、怒らせちゃったね。
でも、待てよ、四国から来た三好の家来に田舎者って怒鳴られた。
美濃生まれと四国生まれ、どっちが田舎なんだ。
他にも名のある人が幾人も来た。
当家の家来が知らない人ばかりなので、これらも取次役方扱いとした。
いやあ、私が得たものは稲葉山城と小谷城、国主の居城二つ。
二か国の国主ではないけど、対外的には立派に見えるらしい。
何を目論んで来るのやら。
会わなくて正解かも知れない。
まずは手紙の遣り取りからからだよね。
文通だよ、文通。
互いの使者が往き来してから始まる清い交際。
手っ取り早いのは戦場で相対するのが早道かも知らんけどね。
斎藤家の近江の方からの使者は大広間に通した。
実兄を討ち取ったこと、小谷城を受領したこと、その二つを書状で、
文字として残る形で祝ってくれた。
素直に書状と祝いの品を受け取った。
気配り上手の織田家からも祝いの使者が来た。
金満ぶりを発揮してくれた。
領地は小さいのに、この祝いの品の山。
鉄砲隊を常備しているだけの事はある。
お市ちゃんからの手紙も来た。
それも分厚いやつ。
どういう伝手で【三太郎物語】を入手したのか知らないが、
大いに喜んでくれた。
やはり子供には受け入れ易いのだろう。
残り部分は絵本を出したいそうで、その原稿だった。
【かぐや姫】
絵師はこちらに任せるけど、刷る前に見本を寄越せと言う。
出す前提になっていた。
どうしたらいいのか。
まずは文章の添削からだよね。