(関ケ原)7
庭で焼肉を食べていると、目敏い大人衆が来た。
「ご相伴、ご相伴」
遠慮がない。
私の手元の皿にも箸を伸ばした。
私は肉を頬張る猪鹿の爺さんに尋ねた。
「今回の戦で六角家に睨まれないか」
なにせ猪鹿家は近江国甲賀郡の歴とした地侍。
その家の前当主である爺さんが、あっけらかんと答えた。
「睨まれましょうな。
それでも問題はなかろうと思います。
観音寺城に在番するほどの仲じゃないですからな。
城下の商人と同じ扱いで、家伝の技を売るだけ。
文句のつけようがないでしょう」
「そうか、ならいいが。
拙いとなったら当家に逃げ込んでくれよ。
全員受け入れるからな」
「喜んで。
そうそう、今回の件で甲賀衆を集め難くなりますな。
そこで伊賀衆に声をかける事にしました。
引き入れる事をご承知ください」
「それは構わない。
ただし、猪鹿家の下に置くこと。
山窩衆や河原衆と同じ与力扱いだ。
家名を与え、家禄も銭で支給する。
よく面倒を見てくれよ」
話が一段落したとみたか、大人衆筆頭の伊東康介が口を開いた。
「浅井領をこれからどうしますか」
「難しいな。
内憂外患の大安売りだからな。
内では美濃勢と浅井勢の確執。
外には六角、三好、京極、幕府、朝廷、向こう岸にはお寺さん、
この山の北の奥には朝倉。
おまけに私を襲撃する奴。
これでどうしろと」
「ごもっともです。
それでも何とかしましょう、御大将」試すような目付き。
私は言葉を選んだ。
「内を治めるのは斎藤家の近江の方が一番だな。
当人が浅井家の直系で、嫡男が斎藤家の直系でもあるから、
美濃勢にも浅井勢にも受け入れ易い。
しかし、外がなあ、押し付ける訳には行かないな」
「はい、女子の身には、きついでしょう」
「小谷城は私が受領するのは決定だな」
「御大将でなければ美濃勢同士での争いになります。
どの御仁も一癖も二癖もありますからな」
「そうなると美濃と近江の二か国持ちか。
文官と武官を上手く組み分けて凌ぐか。
・・・。
面倒事が山積みでも、一つだけ良い事がある。
康介、分かるか」
「はて、何でしょう」
私は伊東に小声で囁いた。
「近くに若狭と越前がある。
何れかを取れば海に出れる。
船を造れば商売繫盛だ」
それが聞こえたのか、猪鹿の爺さんが言う。
「となれば、ますます人手が必要になりますな。
紀伊の雑賀衆や根来衆から抜けた者も誘うとしましょうか」
翌日も大広間に皆が集まった。
並びは昨日と同じ。
左に美濃の武将達。
右に浅井の降将達。
双方が醸し出す空気も同じ。
誰もが納得するのは難しい。
どこかで誰かが割を食う。
それを恐れては前には進めない。
今回、割を食うのは浅井勢の降将達。
割を食いたくなければ勝てばよかった。
あるいは勝つ方に付けばよかった。
私は皆を見回した。
「昨日の話を元にして私が決めた。
従う、従わない、それは各々方の心のままに。
伊東、述べよ」
伊東が試案を私に持ってきたのは今朝。
一読した。
小谷城一帯は明智家に。
六角に接する一帯は美濃勢に。
若狭や越前に接する一帯は浅井勢に。
大雑把に上手く双方を引き離していた。
多少は血が流れるだろうが許容範囲内だ。
伊東が一人一人を名指しして論功行賞を行い、処分を下した。
美濃勢は新たな領地か褒賞金、もしくは刀剣等の下賜。
浅井勢は領地没収か削減、転封。
喜色は美濃勢が多い。
沈むのは浅井勢。
私は邪気を払うように清々しく言ってのけた。
「これは決定だ。
意に染まぬ者は領地に立ち戻り、直ちに兵を挙げられよ。
もしくは帰農なされよ。
また、領外に去るもよし」