(関ケ原)6
あの細い奴と言われたのは私の影武者、堀部弥平。
体つきが私に似ていたので足軽から抜擢した。
槍を手渡した従者は彼の養父の堀部弥吉。
親子二人して巧みに防ぐ。
襲撃を想定するのは武士の嗜み。
事前の段取り通りに事が進んだ。
先手と二番手は前方を警戒。
三番手は右方を警戒。
四番手は左方を警戒。
五番手は戦闘中。
土方の五百は後方の警戒と、襲撃への対処。
二百で左右から取り囲むように加勢に送り出した。
肝心の私は土方の隣で従者然とした恰好をしていた。
事が済むと捕らえた者を尋問した近藤が私の方へやって来た。
土方に語りかけた。
「浅井の残党だが、腑に落ちん。
美濃勢の目があるのに、こうまで大がかりに動かせるものかな」
「となれば美濃勢の誰かが糸を引いているな」
私に聞こえるように二人は会話した。
襲撃はさておいて、私は小谷城に無事に辿り着いた。
井戸で水浴びして戦塵を流し、温いお茶で一服。
はあ、生き返る、死んでないけど。
時刻になったので私は大広間の上座に腰を下ろした。
ゆっくり諸将を見回した。
左に居並ぶのが美濃勢の武将達。
右に居並ぶのは浅井家の降将達。
大広間には微妙な空気が漂っていた。
勝者側の優越感と敗者側のなけなしの意地。
美濃勢は新たな領地を得たい。
浅井勢は自分の領地だけは減らされたくない。
こりゃ混じり合わねえ~よ、そう感じた。
もう一つの六角家は未だ降伏していない。
流石は名門、六角家。
大敗した訳ではあるが、それは彼の家にとってはただの一敗。
直ちに領内の既存兵力を糾合して美濃勢を押し返した。
でもそれが限界のようで領外には出てこない。
兵卒の被害もあるが、それよりも困ったのは武将の離脱の影響。
名のある武将が幾人も討ち死にした。
進藤賢盛、蒲生定秀、布施公雄、池田景雄等々。
深手による再起不能者も多い。
その穴をどう埋めるのか、見物ではある。
そんな状況なので降将達の扱いには困った。
下手に藪をつついて蛇を出す訳には行かない。
特に反乱は困る。
六角家が息を吹き返す。
取り敢えず双方の言い分を聞く事にした。
腹を割ってもらい、溜まっていたものを吐き出させた。
総大将が下手に出るものだから、ここぞとばかり喋る、喋る。
戦の手数より多いのではなかろうか。
そこまでは突っ込まないけど。
明日、決定を伝える事にして解散させた。
海千山千の者達を相手にして疲れた。
私は城の台所に向かった。
頭は重いが、腹は軽い。
何か入れなくちゃ。
そんな訳で台所。
小谷城の台所は雑然としていた。
私だけでなく他にも腹が減った者達が大勢いた。
大半は美濃衆の手勢だ。
足軽や雑兵が多い。
私は見知りの武将に尋ねた。
「うちの兵糧は届いたのか」
「はい、届いております。
敵から分捕った物も多く、不足はしていません。
ただ・・・」
「ただ・・・」
「城の賄い方が逃げたので、拵える人手が足りないのです」
私は側仕えの長倉金八に指示した。
「当家の銭で城下から人手を集めろ。
下男下女は問わない。
台所と掃除ができる者だ」
居館の庭で山南敬太郎の声が飛ぶ。
「そこから弱火にして油をひけ」
「魚は内臓を取り出して、中をしっかり水洗いしろ」
「その肉はブツ切りだ」
「このタレだ」
彼は斎藤義龍を撃ち取ったことで百人頭に出世したが、
私の賄い方からは外していない。
賄い方の頭も兼任させていた。
城の台所が混雑していたので、急遽、彼を野営地から呼び寄せた。
この庭での野点を指示した。
お茶は脇役で、食べるのが主役。
でも先にお茶が運ばれて来た。