(関ケ原)4
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六角義賢は本陣の奥深くにて、
陣卓子に広げられた地図を見て唸っていた。
使番から伝えられる戦況が悪化の一途。
特に敵の鉄砲は計算外。
ここまで長く撃ち続けられるとは。
忸怩たる思いに駆られていると、新たな使番が駆け込んで来た。
「お味方第三陣が敗走、その後を敵が追って来ております」
六角義賢の耳にも敵の陣太鼓が聞こえた。
「これは総攻めだな」
傍らの後藤賢豊が立ち上がった。
「某が防ぎます。
お館様は退かれますように」
後藤賢豊は重臣中の重臣。
国人としての手勢も多い。
後を進藤賢盛に託して、自陣に駆け戻って行く。
それを見送りながら六角義賢が旗本に命じた。
「我も出る、馬を曳けい」腰を上げた。
進藤賢盛が遮った。
「お館様、一時の感情で動かれてはなりません。
このままですと敗走するお味方の軍勢に紛れて、
敵勢が奥深くにまで入ってまいります。
万一の事が起こってからでは遅いのです。
取り敢えず、陣を下げましょう」
退くとは言わずに下げると言う。
進藤賢盛も重臣中の重臣。
後藤と進藤、二人して『六角の両藤』と称される人。
徒や疎かにはできない。
そこに蒲生定秀の声がかかった。
「某も後藤殿と共に防ぎましょう。
進藤殿、お館様をお頼みいたす」
蒲生定秀にまで言われては無下にはできない。
旗本と進藤の手勢に守られて六角義賢は後退に次ぐ後退を重ねた。
陣を下げるそばから敵勢が前進して来るのだ。
味方はと言うと、多くは東山道沿いの山中に逃れた。
数が異様に減っているので、そう判断するしかない。
足軽や雑兵は仕方ないが、名のある武将もそうなのだ。
いつもは口煩い連中の旗印が見えないのがその証。
頼りは後方に翻る味方の旗印二つ。
後藤と蒲生が巧みな用兵で、追い縋る敵勢の勢いを削いでいた。
六角義賢は馬を寄せて進藤賢盛に尋ねた。
「このまま逃げ切れるか」
そこへ物見が戻って来た。
「西濃衆の軍勢が待ち構えています。
数はおおよそ三千、旗印は不破と稲葉です」
布施公雄が馬を寄せて来た。
「某が先手仕ります」
池田景雄も馬を寄せて来た。
「某も」
二人の手勢合わせて五百。
小勢にも関わらず、西濃勢に突きかかって行く。
進藤賢盛が六角義賢に声掛けした。
「先手が開けた穴に飛び込み、喰い破ります。
お館様、匹夫の勇ではなく、ここは我慢です。
中段にてご辛抱ください。
我らが必ず守り抜きます」
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