(関ケ原)3
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最前線には出られない私に使番が順次、戦況を伝えに来た。
「こちらに浅井の第二陣が迫っています」
朝靄にも関わらず物見が敵の動静を探って来た。
「敵第一陣が崩壊し敗走、第二陣と入れ替わります」
「弓隊が迎撃開始しました」
弓足軽隊は二百名。
「投石機で迎撃開始しました」
大陸で用いられた投石機を再現させたもの。
その車輌から大きな石が唸りを上げて飛んで行く。
この投石機は五両。
「連弩機で迎撃開始しました」
これも大陸で用いられた複数の矢を撃ち出す武器。
こちらも五両。
「鉄砲隊が迎撃開始しました」
一組百丁が五組、五百丁の五段撃ち。
雷鳴にも負けじと劣らぬ轟音を響き渡らせた。
「敵は未だ一兵たりとも空堀にまで到達いたしません」
私が前に出ぬように参謀・大石蔵人が側に詰めていた。
「辛抱なさって下さい」
「分かっている」
戦況が有利に進んでいるとは言え、
斎藤義龍の例があるから自分から前に出ようとは思わない。
伊勢街道でも戦っていた。
そちらの参謀・新見金之助から使番が来た。
「敵の第二陣を退けました」
「お味方の被害は軽微です」
「総攻めはまだでしょうか」
朝靄が搔き消えた。
陽光の下、戦場の有様が露わになった。
矢が刺さった者。
投槍で串刺しになった者。
銃弾を受けた者。
投石で潰された馬。
至る所に浅井と六角の死傷者。
必死に藻掻く者。
力を振り絞って退却しようとする者。
悲鳴しか上げられない者。
全く身動きしない馬。
浅井の第三陣が手前で足を止めた。
六角の第三陣も手前で足を止めた。
どちらもそれ以上、踏み込んでこようとはしない。
これは私が意図したものではない。
私の手札は番役方四部隊四千名、恭順した二千名、
斎藤家から預けられた二千名。
投石機十両、連弩機十両、鉄砲千丁。
これを二つに分けた防御陣で六角軍と浅井軍を押し止めただけ。
事細かな戦術は美濃衆に丸投げした。
「明智勢のみで敵を一日は食い止める。
その間に方々で何とかして頂きたい。
この辺りの地形は私より方々の方が詳しいでしょう。
如何かな、引き受けて下さるかな」ちょっと挑発した。
法螺貝が吹かれた。
参謀・芹沢嘉門が攻め時と判断したようだ。
攻太鼓が打たれた。
出撃。
一拍置いて懸太鼓が打たれた。
総攻撃。
馬防柵の一角が開けられる音。
馬の嘶き。
「浅井勢を踏み潰せ」
馬上に長井道利。
百頭を越える騎馬を従えて駆け出した。
その後ろに徒士や足軽の入り混じった隊列が続いた。
それはもう一つの馬防柵でも同じ。
「六角勢を圧し潰す、者共続け」
日根野弘就が先頭の馬で叫ぶ。
喜色満面とはこれだろう。
軽やかに馬を走らせた。
一騎駆けせんとする勢い。
他の騎馬達が遅れじとそれを追う。
ここに西濃三人衆の姿はない。
不破光治を入れた四人はこの辺りの地形に詳しい。
大きく迂回する事になるが、
獣道をひた走って敵軍の背後に回り込むと言ってのけた。
ついでに敵の兵糧を奪うとも笑った。
不破光治と稲葉一鉄は六角軍の背後へ。
安藤守就と氏家直元は浅井軍の背後へ。
それが上手く運べば敵軍に大打撃を与えられる。
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