(関ケ原)1
私は呆れ返った。
思えば遠くへ来たもんだ。
距離ではなく、気分的なもの。
東山道をパカパカと、手前左に伊勢街道、その先の右に北国街道。
周囲の山々は南宮山、桃配山、松尾山、天満山、笹尾山。
ここは関ケ原。
この盆地に布陣することになった。
参謀の芹沢嘉門と新見金之助の二人が布陣を弄っているのを余所に、
私は大勢の足軽や人夫たちが働くのを感心して見ていた。
空堀と馬防柵をサクサクと構築して行く。
その手慣れた作業に金一封を送りたい気分。
三人目の参謀に抜擢された大石蔵人が私に声をかけて来た。
「殿、そろそろ皆様方がお集まりになります」
私は陣幕に入った。
ここが美濃軍本陣。
そして私が祭り上げられた美濃軍の総大将。
陣幕内にかつては敵将であった面々が揃いつつあった。
彼等に頷きながら上座の床几に腰を下ろした。
目の前の広い陣卓子には簡略化された周辺地図。
敵味方双方が事細かく書き込まれていた。
美濃軍対六角と浅井の連合軍。
猪鹿の爺さんが丁寧に仕事をしてくれた。
しかし私が総大将か。
どうしてこうなった。
知ってる。
氏家だ。
氏家直元の交渉力で美濃の国人衆がほぼ勢揃いした。
私の実家他、数家の姿がないが問題はない。
国内要所に当家の留守兵を配置しておいた。
六角に味方すれば一時で踏み潰せる。
最後に日根野弘就が入って来た。
私に噛みつかんばかりの顔。
それでも暴れることはない。
口を真一文字に閉じて床几に腰を下ろした。
それを見て氏家が私に報告した。
「御大将、方々が着到なさいました」
私はそれらしく頷き、全員を見回した。
「方々、ご苦労であった」
私の言葉を遮るように日根野が口を開いた。
「それで約定はどうした」
味方各隊は野分の影響もあり、手持ちの兵糧は十日分しかない。
それで足りない分は備蓄のある当家が持ち出すと約定を交わしていた。
「ご存知の西濃城、あそこに集積して置いた」
「あるんだな」
私に代わり安藤守就が口を開いた。
約定の立会人が西濃三人衆の一人、彼だ。
「俵を数えた、中身も確かめた、嘘偽りはない」
日根野が忌々しそうに私を見た。
「ふん、いいだろう。
さて御大将殿、手立てを聞かせてもらおうか」
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