(美濃)7
☆
今年も野分が来た。
招待していないのに、押しかけて来た。
それも二つ続けて。
お陰で未完成の堤防が一つ、流された。
が、幸いにも人的被害は少なかった。
高台の備蓄倉庫も無事。
昨年より軽傷で済んだ。
それでも私は事後処理で大わらわ。
そこへ厄介な奴が。
西美濃三人衆の一人が来た。
取次役方の案件である。
私が直接会う必要はない。
ところが取次役方から私の方へ聞き取りした文書が上げられた。
大広間へ入ると奴が平伏していた。
「面を上げよ」
氏家直元が顔を上げた。
彼は疲れた顔をしていた。
「お久しぶりでございます。
無理を承知でお伺いいたしました。
是非ともお耳に入れたいことが有り、参りました」
「聞かせてくれ」
「収穫が終わり次第、六角が美濃に攻め込んで来ます」
それは猪鹿の爺さんから聞いていた。
猪鹿家は甲賀衆の一つ。
近江国甲賀郡。
近江の動きを知らぬ訳がない。
浅井が先鋒とも聞いていた。
「近江は野分の被害を受けなかったのか」
被害を受けていれば兵糧の集まりが悪い。
それであれば無理して攻めて来ることはない。
「近江は美濃ほどではなかったみたいです」
今回の野分は尾張の方から来たのか。
なるほど。
「それで貴公は私にどうせよと」
「只今、不幸な事に美濃には守護代がおりませぬ。
ついては稲葉山明智家に近江勢撃退の柱になって頂きたいのです」
「どうして当家に」
「最大兵力を有している明智家が柱でなくば、撃退出来ませぬ」
取次役方からの文書を事前に目を通しているので驚きはせぬが、
解せぬ。
何故、私なんだ。
私に美濃衆がついて来るか。
斎藤家とは和解したが、他とはまだ火種が残っていた。
それも色々と沢山。
素直に尋ねた。
「貴公は当家について来るかも知れんが、
他はついて来ないと思うがな」
「某が説得いたします。
お任せ頂きますか」
「時間に余裕はないだろう」
「それでも説得せねば近江に屈する事になります。
なにとぞお任せください」
うちの大人衆は血生臭い話を好む。
氏家との話を前向きに、より広げて進めて行く。
なにより、かにより、両者の関係がいい。
大人衆は氏家を旧来の友のように扱っていた。
氏家は氏家で、まるで我が家のように振舞っていた。
私の出る幕がない。
得意技、丸投げだ。
辟易した私は執務室に戻った。
すると、疲れた私を待ち兼ねていた二人がいた。
お園とお宮だ。
私に一冊の本を目の前に差し出した。
【三太郎物語】
印刷工房と絵師の力作だ。
試し刷りで十冊限定の絵本。
それがどうして二人の手に。
お園が怒った顔で言う。
「殿、これはどういう代物ですか」
お宮も言う。
「言語道断ですわね」
私が執筆したんだけど。
この殺伐とした空気では言えない、言えない。
私は助けを求めて男子の側仕え達を見遣った。
あっ、皆して目を逸らした。