(美濃)4
正月行事が一段落したのは七日過ぎ。
私は久しぶりに仕事から一日だけ開放された。
居館を出て本丸に上がった。
本丸から領内を一望した。
あっ、動いている。
あちらの水車、こちらの風車、それぞれ一基。
年末に設置だけで終わった。
それが稼働していた。
流石は職人魂。
二月先の予定を前倒ししてくれた。
夢が広がる。
この地は水害に遭い易い地勢にある。
長良川と木曽川に挟まれている。
半面、水に恵まれた地とも言える。
要は水を制すればいいのだ。
堤防で全土を囲い、水車と風車を活用すれば、
穀倉地帯に生まれ変わる。
前世では上下水道が完備していた。
魔道具を大がかりに利用したものだ。
しかし今世には魔道具がない。
でも代わるものがあった。
職人魂だ。
彼等は魔力や魔道具がなくとも、それに近い物を作り上げていた。
要は工夫と熱意、そして発想力。
是非とも彼等には期待したい。
上下水道を完備した穀物生産都市・稲葉山を。
夢想していると隣に猪鹿の爺さんが来た。
大人衆筆頭・伊東康介と参謀・芹沢嘉門も一緒だ。
爺さんが私の顔を覗いた。
「殿、少しは休めましたかな」
「みんなの顔を見たら疲れて来た」
「ほっほう、軽口が出れば大丈夫ですな」
「悪い話だろう」
「当然です」
真顔で返された。
返す言葉がない。
早く聞いてくれ、聞いてくれと催促する顔をしていた。
「それで」
「近隣の領主が新年の挨拶にかこつけて、頻繁に密談しています」
「当家のことか」
「勿論です。
攻め口を論じています」
「ほう、当家の攻め口か、知りたいな」
「いえいえ、見つけられずに苦慮しています」
「そもそも、攻めるほどの兵を動員できるのか」
「無理ですな。
昨年の当家の焼き討ちが効いていて、年貢そのものの集まりが悪く、
家の体裁を維持できるかどうか、甚だ怪しいものです」
芹沢が加わって来た。
「この際です。
こちらから先に攻めてしまいませんか。
小うるさい連中は取り除くべきです」
伊東が賛同した。
「川の向こうに足場を築いて置けば、この先の戦術に幅が広がります」
橋頭堡か。
彼の言い方だと防衛拠点ではなく出撃拠点だな。
「西濃や東濃を攻めるのか」
「はい。
中濃勢は間にある斎藤家の領地が障害になるので、
敢えて越えようとはしないでしょう。
しかし、西濃勢や東濃勢は違います。
誰かが声を上げれば、付和雷同して手を組みます」
芹沢が言う。
「手を組まれる前にこちらの力を見せつけるべきです」
「分かった。
大人衆の評議に諮ろう。
具体策を練ってくれ」
私は猪鹿の爺さんに尋ねた。
「稲葉山明智家はこの先も血を流す事になるのか」
「当家が望まなくても周囲が望むでしょう。
お嫌いですかな」
「いや、国人の家に生まれたから覚悟はしている。
ただなあ、商品がなあ」
「どうされました」
「血に塗れた明智印がどう思われるのかなと、少し気になった」
爺さんは首を傾げた。
「そうですか、・・・。
そうですね、いい機会です。
ご本家とは別の名前にしますか」目を輝かせた。
「何か案があるのか」
「明智と稲葉山、美濃以外なら宜しいですね」
「そうだ、何か思い付いたか」
「そうですね、例えば、店ならば大陸からの唐来屋。
薬は大陸から伝わったとして漢方薬。
酒はこれも大陸の貴婦人の名を冠して楊貴酒」
「面白そうだな。
工房に任せた方が意欲も上がるな。
商品名、工房名、店名、職工達に命名するように伝えてくれ」