(美濃)2
思わぬ会談が申し込まれた。
斎藤義龍の正室・近江の方からだ。
使者の話は要領を得なかった。
それでも取次役方が一度は会うべきだと言うので会談を了承した。
取次役方の目論みも、近江の方の目論みも分からぬが、
私は流される事にした。
流されても岸まで泳ぎ切ればいいのだ。
城内の居館に招いた。
「夫・義龍を返して頂いたことに感謝しております」
近江の方が大広間で堂々と私に頭を下げた。
私としては対応に困る。
戦場とは言え、私は加害者で向こうは被害者。
「そう申されると、どういう顔をすればいいのか甚だ困りましたな」
「そうですね。
過去を水に流すほど私は大きな器は持っていません。
それでも一時的に脇に置いて、蓋する事くらいなら出来ます。
それで如何でしょう」
「分かりました。
それでは本題に入りましょう。
聞かせて頂きましょうか」
「単刀直入に申します。
貴方様に当家の嫡男の後見をお願いしたいのです」
息が詰まった。
ある程度、斎藤家の窮状は掴んでいた。
嫡男が元服していないので、あちらこちらから後見人の売り込みが来た。
有力国人衆からは元より、尾張の道三殿、近江の守護様。
道三殿の娘達の嫁ぎ先からも舞い込んだ。
甲乙のつけ難い相手が多いのも問題を複雑にした。
彼方を立てれば此方が立たず。
どちらを選んでも、残るのは遺恨のみ。
複数選んだ場合は、もやもやが残る。
これに近江の方のみならず家臣一同も辟易した。
私は素直に尋ねた。
「どうして私なのです」
近江の方は身を乗り出さんばかりに熱く語った。
「貴方様だから良いのです。
味方面される方々は大勢いますが、その本心は分かりません。
自家の利益を優先するのか、斎藤家の利益を優先するのか、
それが見抜けぬから困っているのです。
ところが貴方様は違う。
明確に当家の敵です。
敵だと分かっていれば、警戒すればいい。
そうは思いませんか」
私は呆れてしまった。
この女、図々しい。
「味方面する奴は本心が分からぬから困る、手荒に扱えない。
その点、当家は明確な敵だから警戒するだけで事足りると」
「そうです。
至極、簡単でしょう」
「私は認められているのでしょうか。
それとも舐められているのでしょうか」
近江の方が私に微笑む。
「正直、褒めています。
稲葉山城落城の際は、私共の命を助けて頂きました。
それも一つの縁です。
生かした者の責任として、此度も助けて頂きたいのです。
此度もどうかお助けください」
四つん這いにならんかなと言わんばかり、深々と身体を折った。
ええい、演技力過剰。
困って大人衆を見回した。
すると、皆して視線を逸らす。
筆頭の伊東も、参謀の芹沢も、猪鹿の爺さんも。
え~っ、私に丸投げかい、こいつら。
「それでは話にならないので、身体を上げて下さい」
近江の方は素直に姿勢を正した。
微笑む視線が私を射貫く。
私は実母から離れたせいか、この手の耐性を持たなかった。
負けた。
返事を待つ形の近江の方に確認した。
「話は理解しました。
後見するとして、その対価は如何ほどとお考えですか」
「こちらから差し出せるのは時間です」
「時間ですか」
「そうです。
そちらが最も必要としているのは時間でしょう。
当家と稲葉山明智家が手を携えれば、兵を挙げる理由がなくなり、
そちら様は何の障りもなく内政に時間を費やせると思うのですが。
金銭には換算できぬとは思いますが、何よりの対価ではないでしょうか」
ぐうの音もでない。
「その期間は」
「元服まで」
「何才で元服させるのですか」
「当年八才です。
元服の時期は様子を見てからになりますが、早くても五年先ですわね」
「そうなると対価となる時間は五年ですか」
「そうなりますわね」
「皆と相談します。
別室で待っていただけますか」
近江の方は喰えないが信頼はできる。
問題はその先。
嫡男が元服して家政に携わるようになってから。
まあ、手切れになっても五年の間に回収は終えてるから、いいか。