(斎藤義龍)3
山南と賄い方が鉄砲を抱えて現れた。
山南を含めて五丁。
この五名、賄いもだが鉄砲も得意。
しかも賄い方なので火種も常時携帯していた。
私は獲物を指し示した。
敢えて人名は口にしない。
「五名で先頭の武者を狙い撃て」
正面の陣を下げた沖田のお陰で先頭の顔がよく見えた。
兜の下の、顔の特徴が一致した。
私は勝利を確信した。
山南の声。
「馬の頭が邪魔するが慌てるな。
確実な箇所に狙いをつけろ。
い~ち、に~い、さ~ん。
よ~し、撃てっ」
一斉に五丁が火を吹いた。
どこに命中したか分からないが、人馬ともに横倒し。
私は戦場の汗を流してから大広間に入った。
入る前から廊下にまで笑い声が聞こえていたものが、
私が入るやいなや大爆発。
大人達が口々に褒め称えてくれた。
「わっはっは、殿、やりましたな」
「はっはっは、大手柄でございます」
「いやはや、殿はできる方だと思うておりました、ふぁっはっは」
「これが笑わずにいれますか、あっはっは」
面映ゆい。
たまたまなのに。
あっ、鉄砲だけに弾々か。
「それで義龍殿は」
流石は大人衆の筆頭。
冷静な顔の伊東がこちらを向いた。
「町のお年寄り衆が死体は斎藤義龍殿であると確認しました」
「そうか、それで」
「城下に斎藤家と懇意の寺がありましたので、そこに運び込み、
死体を清めるようにと依頼しました」
「清めた後、斎藤家へ引き渡すつもりでいるが、どう思う」
「それで宜しいかと。
引き渡しは、その寺に一切を任せましょう。
我等が出張るより、寺が無難でしょう」
遺体の問題が片付いた。
が、それで済む訳がない。
論功行賞は当然として、実行部隊の講評等々。
それよりなにより、掛かった費用の算出と言う面倒事があった。
兵士に掛かった経費、馬に掛かった経費、破損に伴う経費等々。
味方の死傷者も数字で現すのだ。
勝てば勝ったで後始末も全て私に回ってくるとは思わなかった。
私が一件書類に目を通し、納得すれば署名、もしくは差し戻し。
これが上に立つと言う事なんだと自覚した。
疲れた私に更なる難題が降りかかった。
「斎藤義龍殿の戦死に伴い、美濃の立ち行きが怪しくなりました」
大広間で参謀・芹沢嘉門の言上を受けた。
「どうなるんだ」
「義龍殿のご嫡男は元服まで間があります。
それでも、すんなり家督は継げるでしょう。
男子一人ですので。
問題は美濃の守護代職です。
これは現状、元服していないご嫡男様が継ぐとなると、
足下を見られて通常よりも献上品が嵩張る事になります。
どれだけ用意できるものやら。
特にお金が」
守護代の職は幕府から買い付けるものだった。
買ったとして、何年で回収できるのか。
義龍君は在位期間が短いから、赤字だよね。
赤い血を流してたし。
「そうなると誰が継ぐことになる」
「義龍殿の御兄弟がお二人おります。
いずれも弟で、利堯殿、利治殿」
芹沢の顔色が悪い。
健康面で問題がある訳でも、心配事がある訳でもない。
悪巧みしている顔。
「二人とも道三殿の所か」
「その通りです」
「手駒が二枚か。
ん、んん、もしかしなくても、守護も関わってくるのか」
「当然です。
あちら様も子がいます。
守護として戻れないなら、我が子を守護代にと思うでしょう。
実入りとしては守護よりも守護代ですからな。
その手駒が二枚。
一枚は手元に。
もう一枚は斎藤家が預かっております。
道三殿も、守護様も、欲深い方々ですから、
なにやら仕出かしても不思議ではありません」楽しそうに言う。