(斎藤義龍)2
☆
稲葉山城を攻めた時と違い、ここは何もしないでいても、
生死の狭間にいると実感させられた。
一向に止まない耳障りな争う声や音。
鼻をつく焼ける臭い。
目に滲みる煙。
私は望んでここへ来た。
本物の戦場を体感したかったからだ。
それで頼み込んで、頼み込んで、ここへ来た。
稲葉山明智家は銭雇いの足軽が増えた。
一気に増えたと言っても過言ではない。
それだけ稲葉山城占拠が評価されていると言う事だ。
全体の総数が増えれば、反して全体としての練度が下がる。
連携も難しくなる。
そこで計画されたのが日帰りできる敵領地での実戦。
提案したのは参謀の芹沢嘉門と新見一葉。
二人が身心を注いで計画を練り上げた。
屯田の村で軍事教練と農作業を行い、兵としての身心を鍛えていた。
その課程を終えた新兵を部隊に組み入れ、小勢で絶え間なく出撃して、
敵領地の村々等に攻め込ませる。
実戦の経験を積ませると同時に、敵を疲弊させる。
あくどく無謀な試みだが大人衆に了承された。
私は計画の最後に旗本隊を押し込んだ。
そして皆を説いて、説いて、説いて。
叶えた。
念願の戦場にいた。
正直、戦と言うより乱暴狼藉。
橋を壊し、水路を壊し、田畑を焼き払った。
今は目の前の庄屋の屋敷。
まるで盗賊の如き所業。
それは敢えて口にはしない。
「敵勢おおよそ五百、二手に分かれて向かって来ています」
物見が報じた。
これを待っていた。
餌にかかるのを待っていた。
私が自分を餌って言うのもアレだけど。
旗本隊の隊長・近藤勇史郎が矢継ぎ早に指示を下した。
斎藤一葉と組下百のみが庄屋の屋敷の焼き討ち継続。
残りは反転。
長倉金八と組下百は左の道を封鎖。
沖田蒼次郎と組下百は正面の道を封鎖。
土方敏三郎と組下百は右の道を封鎖。
近藤勇史郎自身は組下百で私の警護。
正面からドンと受けて、崩れたとみせて退却。
伏兵の所へ誘導するだけの簡単なお仕事。
必要なのは部隊としての演技力。
左で会敵。
物見によると二百五十。
盾を押し立て、攻めて来た。
指揮を執っているのは中段の五騎。
長倉金八と組下が相対した。
盾足軽二十で敵の前進を受け止めた。
弓足軽四十が彼等の頭上に矢の雨を降らした。
槍足軽四十が抜けて来た奴を仕留めた。
遅れて正面に敵が現れた。
こちらが残りの二百五十だろう。
五騎が先頭を切って、突っ込んで来る。
その先頭の形相が凄い。
今にも噛みつかんばかり。
左の味方部隊の攻撃に間に合わなかったので焦っているのか。
異な物を見た。
後続の隊列に大仰な馬印と旗印。
何様。
私の勘が働いた。
側の山南敬太郎に指示した。
「賄い方は鉄砲の準備をしろ」
今回の計画に鉄砲は無いのだが、私が我儘で入れた。
適材適所で山南の賄い方に所持させていた。
何事かと振り向いた近藤勇史郎に敵の先頭を指し示した。
甲冑姿が見事すぎる。
遠目にも銭の匂いが、ぷんぷん。
しかも後方には馬印に旗印。
斎藤義龍に戦場で相見えた事はないが、当たりだろう。
近藤がそれだけで理解した。
直ちに沖田の方へ駆けつけた。
敵の先頭を指し示して、正面の陣を下げさせた。