(稲葉山城)14
面倒な奴が来たものだ。
大人衆に列していた近藤勇史郎に命じた。
「近藤、表に叩きだせ」
勢い良く勇史郎が立ち上がった。
右筆に扮している土方敏三郎も立ち上がった。
そこまではいい。
小姓に扮している沖田蒼次郎も立ち上がろうとしたので、
私はそれは手で制した。
駄目だろう、蒼次郎。
君は私の背中を守るのが役目だろう。
近藤と土方が使者を拘束した。
廊下に控えていた城兵五名が大広間に踏み込んできた。
使者のお供二名を拘束した。
使者が慌てふためいた。
「何をする。
我は守護様の使者だ。
守護様の使いに何のつもりだ」
静かになった大広間に一通の書状が残された。
大人衆筆頭・伊東康介が膝を進め、拾い上げて私に差し出した。
「如何なさいます」
「私は知行宛行状なんてものは見たことがない。
本物かどうか、見てくれるか」
伊東は書状の手触り、表書き、裏書を検めた。
「封に弄られた形跡はありません。
近江の上質の紙です。
文字は右筆の手になるものでしょう」
開封して読み始めた。
読み進めるに従い渋い顔になる。
「中の文字は別の右筆ですな。
こちらが、より達筆です。
これはこれは、やっかいですな。
花押は、本物を見たことがないので、なんともいえません。
ただ、まあ、本物と断じても宜しいかと」
焦れた様子の芹沢嘉門と新見金之助が動いた。
にじり寄り、伊東の左右から書状を覗いた。
三人揃って溜息をつく。
「これでは知行宛行状とは申せません」新見が私に言う。
私も読んでみた。
確かに。
ここまでの傲慢さは、騙りとは言い難い。
噂通りの守護様だ。
伊東が天を仰いだ。
「こんなお方が守護ですか」
文章が長ったらしいので頭の中で文章を要約した。
私は生まれながらにして美濃守護である。
お前の明智家は土岐家の支流でしかない。
私に従うのは自明の理。
急いで私を稲葉山城に迎え入れよ。
さすれば、お前が稲葉山城に出仕する事を認める。
傍らにて城代として励め。
文字の走り具合から、右筆の苦労が垣間見えた。
実に残念な人だ。
これだから道三殿が追放した。
国主となった義龍殿も呼び戻さなかった。
親子で見切った。
私は知行宛行状を伊東に戻した。
「見なかった事にする」
「この先、守護様との関わりは」
「関わりたくないし、関わって欲しくない」
「お任せを」長倉金八と斎藤一葉を呼び寄せて指示した。
「使者に追いつき、その目の前でこれを焼け」頼もしい悪人顔。
嫌な事が重なった。
だからと言って、それを顔に現すのも言葉にするのも躊躇われる。
周辺の空気を悪くしたら私の負け。
これも領主仕事の一環と割り切る事にした。
雲間に光明がさした。
猪鹿虎永が鉄砲を持って現れた。
「組み立てたものが、ある程度の数になりました。
運用に問題はありません」
「ただいま二百丁。
直に六百丁が揃います。
この地の鉄砲工房も完成して、昨日から製造を開始しました」
「よくやった。
それにしても、それは渡来の鉄砲に比べて、少し太くて長いな」
「よくお分かりで。
鉄砲の最大の欠点を補いました。
銃口の下に槍の穂先を取り付け、
弾切れしたら槍として戦えるようにと考えました。
その為に銃身を長くし、槍として取り扱い易くしました。
工房の都合上、槍の穂先を銃剣と名付けました。
それでは、これより銃剣を装着します」