(稲葉山城)13
埒が明かないので私は単刀直入に尋ねた。
「父上は隠居しないのですか」
「渋っておられます」
「兄ももう十六。
継がせても問題ないでしょう」
「大殿もそう申されているのですが、首を横にされるばかりで」
「そうなると押込めですね」
明智家が生き残る為には一門や重臣と諮り、父を座敷牢に押込め、国主・斎藤義龍に謝罪して、嫡男・光秀の相続を認めて貰うしかない。
「難しいところです」
彼の表情もそう物語っていた。
「光秀殿の考えは」他人行儀になってしまった。
「若も決め兼ねてらっしゃいます」
次代を担う兄とそれを支える立場の叔父。
二人揃って、これだ。
「それで私にどうしろと」
「当家と同盟を結んで頂きたい」
分かる形で頭を下げた。
「ご当主様が聞いたら怒りますよ」
「こちらとの同盟がなれば義龍殿の牽制にもなります。
殿は嫌な顔はされるでしょうが、認めざるを得ないでしょう」
「あくまでも義龍殿には謝罪しないと」
「現状ではそうなります」
たぶん叔父も理解してるとは思う。
それを口にした。
「同盟は役には立ちません。
義龍殿の動員力は、今回の戦いで分かったと思いますが、一万五千。
これに道三殿から離れた国人が加わるとなると、軽く二万。
私が義龍殿でしたら軍勢を二つに分けます。
稲葉山城へ抑えを置き、残りで明智家を真っ先に攻め滅ぼす」
叔父は黙ってしまった。
父の英断がないから実家が混迷を深めている。
あ~もう焦れったい、焦れったい。
私は結論を述べた。
「義龍殿に謝罪するのが明智家の生きる道です」
叔父が息を吹き返した。
キッと私を見上げた。
「光国様はお一人で義龍殿の軍を相手なさるのか」
「好きで相手するんじゃない。
相手が来るから仕方なくだ。
そうだろう、みんな」居並ぶ大人衆を見渡した。
よくできた大人達だ。
打ち合わせたかのように一斉に頷いた。
自分達の行動に何ら疑問のない顔、顔、顔。
叔父が大広間を見回した。
「二万相手に勝算は」
大人衆筆頭・伊東康介が代表して答えた。
「相手に不足なし」
叔父が試した。
「義龍殿に許されれば、我が土岐明智家が城攻めの先陣を承ることに」
伊東は顔色一つ変えない。
「昔から、よくある話です。
大切なのは土岐明智家の存続です。
幸い、弟様がもう一人がいらっしゃます。
だとしたら、なんの懸念もなく我等と戦える、そうでしょう」
叔父が頭を抱えて去ったのも付かぬ間、これまた予期せぬ来客。
美濃守護・土岐頼芸からの使者が来た。
道三に追放されて近江守護・六角家に身を寄せていた彼から何故。
私が大広間の上座に腰を下ろすと、下座の使者と視線が合った。
使者だけでなくお供の二人も背筋を伸ばして、私を睨んでいた。
使者が許可もなく口を開いた。
「某は主の代理で参りました」
それは知ってる。
私が無言でいるものだから、彼は懐より書状を取り出した。
「これは知行宛行状です」
ほうほう、それは主君が家臣に発給する朱印状だよね。
待ってくれ。
初めてだから本物かどうかが分らん。
その前に君が言う主とやらと、そもそも面識がない。
それに君そのものも知らん。
騙りの可能性なきにしも非ず。
使者が声高に論じた。
「立場を弁えなされ。
主は美濃守護職にして京職は左京太夫ですぞ。
対してお手前は無位無官。
某が上座、お手前は下座。
それがものの道理、節義に悖りましょう」
ええっ、早口なのでよく聞き取れなかった。
左京太夫なの、右京太夫だの、卑怯太夫なの。