(新時代)13
私は猪鹿の爺さんの言葉の意味を考えた。
もしかして、なのか。
「これを狙っての和議話なのか」
当家の領地内での一向一揆は鳴りを潜めた。
ただ、当事者ではないのでその真偽が分からない。
弱体化したのは確かだが、一時的な擬態なのか、
それとも宗旨を変えたのか。
「違います、違います。
が、ある一面においてはそうですな。
和議が本筋で、本願寺はほんの序でです。
この襲撃自体、有っても無くても良かったのです。
当家は畿内に関わらない、それを念頭に、
皆様方が動いておられますからな」
「誤魔化しは無しだ。
石山本願寺に人を入れているのか」
「当家だけでなく、織田家、長尾家、それぞれが入れております」
織田家、長尾家は情報収集だろう。
対して当家は・・・。
「焼く前提か」
「はい、それはもう。
折角のお寺さん、弔うには最適の場所です。
信徒の方々も涙を流して喜んでくれると思います。
そういう訳で」
それ、どんな訳なんだ。
「火薬を入れたのか」
「たっぷりと。
焙烙弾や焙烙火矢も隠し置いています。
荼毘に相応しい数だと思います」
爺さんがニコリと笑う。
まるで恵比寿さんか、布袋さんや。
会った事も、見た事もないけど。
石山本願寺を丸ごと墓地にする計画が発動したのか。
なんとも、・・・。
呆れている目の前で一揆勢の動きが変化した。
赤い狼煙の意味を理解したのだろう。
突入機会を窺っていた僧兵の騎馬隊が真っ先に馬首を転じた。
石山本願寺方向へ向けて退いて行く。
状況を危ぶんでいるのか、次第に馬足を早めた。
たぶん、途中で馬を乗り潰すだろう。
危機が伝播するのは早い。
特に本拠地であるだけに、居ても立っても居られないのだろう。
個々に退く動きが目立って来た。
それを止められるのは坊官達なのだが、それらしき声が聞こえない。
もしかして既に離脱した、のか。
・・・。
そうに違いない。
こちらは高みの見物。
否、様子見。
退いた筈の一揆勢が戻ってきたら、と懸念しているのだろう。
万一に備えるのは決して悪い事ではない。
お宮にしても、三河与力衆にしても頼りになる用心深さ。
その本隊より近藤勇史郎が戻って来た。
「陰供の忍び衆が周囲に物見を走らせている。
安全が確認できたら発つぞ。
各自用意を怠るな」
組下の足軽達に指示し、私の側に寄って来た。
小声で言う。
「お怪我はなかったようで安心しました」
時間を掛けて安全を確認した。
それからは早い。
順次テキバキと丘を後にした。
戦闘が終結したばかりで疲れていると思うが、そんな様子は見せない。
流石は戦争好きの三河与力衆。
頼りになる。
少し進むと軍足が止まった。
顔馴染みの大久保忠世が使番として来た。
「管領、畠山様から道案内が参りました」
近藤が私に聞こえるように尋ねた。
「数は」
「数は百ほど。
道案内にしては少々多いです」
「お主もそう思うか」
「ええ」
「平服か、それとも軍装か」
「軍装です。
落ち武者狩りには足ります」
使番と近藤が顔を見合わせた。
一揆勢に負けて敗走する当家を狩るつもりだったのだろう。
畿内の武家らしく油断も隙もないものだ。
その畠山家の案内で堺へ向かった。
近藤が私に言う。
「堺からは三好家が道案内するそうです」
「管領の細川家だったと聞いた覚えがある」
「当初はそうでしたが、急遽、三好家に変わりました。
三好家の要望だそうです」
「安宅冬康殿を討った件は」
三好長慶の弟、安宅冬康。
それを当家が討ち取った。
「戦であるから仕方ない事かと。
それに、それを喜んでいる方々が三好家には大勢居られます」
猪鹿の爺さんが口を挟んだ。
「慶興様が継がれるのも間もないかと」
大久保忠世が来た。
嬉しそうに言う。
「石山本願寺から報せが参りました。
寺の内外ともに盛大に燃えているそうです」
近藤が私に言う。
「これで畿内の者共は大人しくなるでしょう。
暫くは内政に力を注げますな。
御大将、誠におめでとうございます」
近藤と大久保が揃って私に頭を下げた。
居合わせた者達がこれに倣った。
爺さんもだ。
これにて第一部完結です。
長いお付き合い有難う御座いました。