(新時代)12
三河与力衆は小荷駄隊を含めて三千余。
これに殿軍として近藤勇史郎率いる五十騎。
都合三千百ほど。
対して目の前に現れた石山本願寺勢は黒山の人だかり。
優に一万を超える勢いで膨れ上がって行く。
見るからに坊官らしき者達が前に進み出て来た。
それほど数は多くない。
十人ほどか。
こちらを指し示しながら話し合い。
方針が決まったらしい。
坊官らしき者達が人波に散って行く。
同時に指示する声が幾つも聞こえて来た。
「「「左右に、横に大きく広がり、鶴翼の陣を組むぞ」」」
お経で鍛えたのかどうかは知らないが、良く通る声だ。
私は思わず感心してしまった。
教えてくれて有難う、と。
本願寺勢が左右に展開をし始めた。
緩い鶴翼の陣。
それぞれが受け持つ箇所で隊伍を組んで行く。
徒士衆の出自の多くは農民・漁民・職人・商人の者達だが、
一揆の経験が有るようで、遠目にだが、臆する感じは見て取れない。
まるで村祭りを思わせる雰囲気。
陣形を組み終えると、ゆっくりとした動きで前進して来た。
こちらの兵力を知って、負けはないと侮っているのだろう。
両翼を薄く広げ、逃げ場を無くすように包囲し、停止した。
最奥の一揆勢本隊がせり出すように、前に出て来た。
徒士衆だ。
突然、一揆勢から射撃が開始された。
徒士衆の一角に、名にし負う雑賀鉄砲衆がいた。
数は千ほど。
射程外に加え、こちらは丘の上。
当たる訳がない。
たぶん、威嚇。
射撃が止んだ。
彼等はその間に攻め口を探し当てた。
なだらかな傾斜地のある方角へ移動を始めた。
盾隊を先頭にして槍隊、弓隊と続いた。
士気は高い。
鬨の声と念仏が入り混じって聞こえた。
勝利を疑っていない様子。
猪鹿の爺さんが私の方へ来た。
態度がこれまでとは違っていた。
片膝ついて言う。
「全ての準備が整いました。
御大将は安心してお待ち下さい」
「こちらは三千だが、本当に大丈夫か」
「ここは低い丘ですが、攻め口は限られています。
多勢はあちらから。
小勢の攻め口は二つです」
爺さんが指し示した方角は味方がしっかり固めていた。
荷車を並べ、隙間は盾で埋めていた。
一人として臆していない。
これが三河魂なのか。
一揆勢の各所で命令が飛び交った。
「明智家は信徒の仇、討って仲間達の供養とせよ」
「「「おー、駆け上がれ」」」
「「「踏み潰せ、踏み潰せ」」」
なだらかな傾斜地を一揆勢が駆け上がって来た。
まだ射程外だと思っているのか、的になり易い高い姿勢。
そこを三河与力衆の鉄砲隊は逃さない。
四組が交互に一斉射。
一組二百五十名、四組計千名。
それが間断ない銃撃を行った。
三河与力衆は私がいる事から、最新式の鉄砲が配備されていた。
射程がより延び、命中率もより高く、貫通力に優れたもの。
木盾や竹の束を撃ち抜いて実証した。
これに一揆勢が驚いた。
大勢が思わず足を止めた。
遮蔽物がない傾斜地なので一揆勢に隠れる場所はない。
右往左往しているところを狙われ、撃ち倒される者が続出した。
小勢の攻め口、二ヶ所に鉄砲は配備されてないが、
弓と槍で巧みにあしらい付け入る隙を与えない。
殊に弓が威力を発揮した。
遠間への曲射。
盾を無用の物にした。
それを突破して、死に物狂いになって駆けて来る者も時折いた。
待ち構えていたのは槍。
二人一組で応対した。
戦闘が中弛みした。
一揆勢が攻め手を欠いたのだ。
それを見澄ましたように防御陣の真ん中から狼煙が上げられた。
何かが混ぜられたのか、初めて目にする赤いに狼煙。
それが合図になったのか、離れた箇所でも赤い狼煙が上がって行く。
一つ二つではない。
四つ五つと増えて行く。
石山本願寺方向へ向かって・・・、これは。
私が疑問に思っていると爺さんが言った。
「本願寺を焼き払う理由が出来ました」