(新時代)11
石山本願寺。
そう、一向一揆の総元締め。
それが堺への途次にあった。
当家としては恨みはないが、先方からは大いに恨まれているだろう。
越前・加賀・能登の一向一揆を根切りしたからだ。
当家だけではない。
義兄も伊勢・三河の一向一揆を根切りした。
長尾家も越中の一向一揆を根切りした。
事前に知っていたが、どうも気が重い。
どうしたものか。
解決策が思い浮かばぬまま、堺へ発つ事になった。
一行の先頭近くに見慣れぬ男を見つけた。
遠目にだが、偉丈夫の一言。
鎧兜を身に付ければ一角の武将だ。
私の視線に気付いたのか、近藤勇史郎が馬を寄せて来た。
小声で囁くように言う。
「あれが堺の納屋衆の一人、田中宗易。
見知り置いて損はない」
建前通りの姿勢を崩さない近藤に、私は思わず苦笑した。
「物腰はどうなのですか」
「お宮殿によれば、柔らかく、かつ、商人としての芯が通ってるそうだ」
「面白そうな御仁ですね。
機会があれば一度、茶の席に招きましょう」
何事もなく山城から出た。
入る際には色々な目が有ったのだが、出る際には少なくなっていた。
正式に和議が締結されたので、束の間だが、
平穏が訪れたのかも知れない。
小者姿に扮した猪鹿の爺さんが私に囁いた。
「油断したらあかんだよ。
これから増々難しくなるんや。
その辺り、分ってるよな」
私が緩みかけたのをお見通しのようだ。
普段は飄々としている癖に、癪に触る。
でも口にも色にもしない。
「御坊様方の様子は」
「一枚岩ちゃう。
武家の家中とおんなじや。
色んな考えの者達がおる。
そう言うたら分かるやろ」
「特に気を付けなければならないのは」
「坊官ですな。
幕府で例えれば、政所ですな。
奴等が実務を取り仕切っとります」
一行の先頭が予定の行路から外れた。
直ぐに使番が来て、報じた。
「石山本願寺を迂回するそうです」
堺の納屋衆、田中宗易からの進言だと言う。
異存はない。
寺内や門前町、そして周辺の信徒を動員すれば即日で二万人、
時を置けば三日で五万人を動員できるそうだ。
それは迷惑以外の何者でもない。
田舎道だが、人通りが多いようで良く踏み固められていた。
前を行く小荷駄隊の進みに支障はない。
とっ、止まった、隊列が。
新たな使番が来た。
「石山本願寺に動きがありました。
分かるまで我等は先の丘に布陣し、守りを固めます」
隊列が再び動き出した。
目的の丘までは半刻ほど。
小さく低い丘であったが、兵数的に問題はない。
総員を難無く収容できた。
三河与力衆は嬉しそうに簡易の防御陣地を構築した。
彼等には土木の才があるのかも知れない。
大久保忠世が私に会いに来た。
「忍びの報せでは門徒数は一万余。
武装してこちらへ向かっております」
困ったものだ。
私は近藤を振り返った。
近藤が大久保に尋ねた。
「示威行動か、それとも本気か」
「不明ですが、切っ掛け次第では交戦に相成るかと思われます」
「お宮殿と酒井殿の判断は」
「射程に入り次第、交戦に移るそうです」
こちらも、やる気十分だった。
私は二人の話を引き取った。
「近藤、念の為だ、お主も本陣に加われ」
事態としては、論争している場合ではない。
近藤は素直に頷きつ、他の側仕え達に命じた。
「死んでも御大将から離れるな」
側仕え達だけでなく、居合わせた足軽達も応じた。
「「「承知」」」
丘の向こうに騎乗の者達が現れた。
数は百ほど。
見るからに僧兵の群れ。
停止し、こちらに正対した。
殺意がヒシヒシと伝わって来た。
少し遅れて徒士の衆。
お手軽な武装をしているのが見て取れた。
時間経過と共に人数が膨れ上がって行く。