(新時代)9
猪鹿の爺さんは都案内に慣れているように見受けられた。
そこで私は尋ねた。
「もしかして昔取った杵柄か」
爺さんが、にっと笑った。
「そうどす、昔は六角家の方々を、あないしたもんどすな」
「へえ、楽しそうだな」
爺さんは笑い顔を貼り付けているのか、崩れない。
「傀儡女や白拍子が居る茶屋への、あないが多かったですなあ。
若旦那さんも行きましょか、喜んであないしますで」
斉藤一葉が空咳をした。
「うぉっほん」
長倉金八が小声で爺さんに言う。
「お絹様やお市様に知れたらどうする」
途端、爺さんは真顔になった。
「冗談ですがな、本気にしたらあきまへん。
はっはっは、忘れてやー」
夕暮れ前の案内であったので、それ程は回れなかった。
それでも収穫はあった。
洛中は、きちんとした都市計画で作られていた。
話には聞いていたが、ここまでとは驚いた。
碁盤の目のように道路を走らせ、建屋を並べていた。
爺さんが私に言う。
それも生真面目に。
「新築だけでなく、古材の寄せ集め、朽ちたままの半住まい、屋根だけ。
面白いでしょう、様々な工夫が見られて。
・・・。
都に住まう者達は争乱慣れしているのです。
武家が火を放つだけでなく、寺社も火を放つ、町の大人衆も火を放つ、
何か事が起きると焼き払うのです。
悲しい事ですが、当家だけが火を放つ訳ではないのです」
爺さんは私の心底を慮っているらしい。
お優しいことだ。
私は街角の隅に転がる死骸を指し示した。
「それにしてもこれは酷いな。
・・・。
河原には山積みされていた。
なのに火を点けた様子がない。
一体何を考えているんだ、この町の連中は」
疫病を防ぐには火葬しかない。
ところが行った様子が見られない。
爺さんが言い放った。
「焚こうにも、材木が、たこうおす。
どなたはんが銭出しはります」
「えっ、・・・」
「そうやで日を待っとるのどす。
干して乾く日を。
乾いた三日目辺りが目安どすな。
えらいぼろぼろの古材や枯枝を集めて、燃やすしかありしまへん」
私は別の事が気になった。
死骸から垂れ流された体液は・・・。
「宿営地の飲み水は大丈夫か」
すると長倉金八が答えた。
「その点は問題ありません。
近くで疫病が発生していないかを調べ、その上で宿営地にしています」
答えに思わず安心した。
爺さんが私に尋ねた。
「明日はどうすんどすか。
匠や名人、目利き等をお尋ねしますか」
この町には沢山の匠、名人、目利きが住んでいた。
というのは、他の町ではそれ程の仕事がないからだ。
仕方なしに住んでるとも言えた。
私は答えに窮した。
心が萎えたからだ。
「お宮が用件を終えるのを待ち、直ぐに発とう」
「この町はお嫌いですか」
「肌に合わない。
機会がもう一度あれば丸ごと焼き払いたい」
思わず爺さんが笑いを漏らした。
「ふぉっほほ、残すんは道路だけどすか」
洛中には幕府と内裏があり、寺社や長者も多い。
早い話、権力者が寄り集まる町だが、都の統治が体を成していない。
てんでばらばら。
それぞれが利害関係から衝突して血を流すが、時には共謀もし、
何がしかの利益を得て来た経緯は承知していた
そこから弾かれるのは力なき者達のみ、とも。
確かに事前に承知していた。
承知していたが、ここまでとは。
無様に河原に積み上げられた死骸があった。
街角の隅に転がされてる死骸もあった。
・・・。
この仕組みは誰かが造った訳ではない。
長く経て来た経験から形作られたもの。
悪とか善で判断すべきものでもない。
力ある者達からすると、仕方ないもの。
弾かれた者達に口を挟む資格はない。
弱いのだから踏みつけられるのに甘んじるしかない。
ないのだが、すっきりしない。
短時間案内されただけだが、私はこの町が嫌いだ。
嫌悪感しかない。
こんな私の気持ちを誰かがお宮に告げたのだろう。
夜中に三河与力衆の大久保忠世が面会を求めて来た。