(新時代)8
静かな夜だった。
私はだ。
殿軍の騎馬足軽達はそうではなかった。
交替で警戒任務に就いていた者達は別にして、
幾度か、幾名かが陣地を飛び出した。
おそらく周辺に見え隠れしていた野盗紛いの者達が原因だろう。
然程の騒ぎにはならなかった。
私はそのまま寝落ちした。
おおっ、朝からいい匂い。
私は身支度を整えるとそちらに向かった。
山南の組が朝飯を作っていた。
山南は私に気付くと手招きした。
小声で言う。
「昨夜の騒ぎには気付きましたよね」
誰が何処で見てるかも知れないので、
私は千人頭に大仰に首を縦にした。
山南は苦笑いしながら続けた。
「取り調べたところ、野盗もおりましたが、
半分ほどが管領四家からの物見でした」
私は小声で尋ねた。
「その者達は」
「尋問の後、全員流しました」
尋問する声が聞こえなかった。
おそらく、離れた箇所で行ったのだろう。
それにしても、流すか。
どこの川に、簀巻きにでもしたのだろうか
「野盗も管領四家も」
「ええ、当家に差別はありませんので。
・・・。
飯は大盛にしますか」
「それで頼む」
尼子の案内の者が現れた。
「某、益田藤兼と申します。
主命にて妙覚寺へ案内いたします」
名の知れた武将が兵を率いていた。
案内に相応しい小勢で、騎乗十騎、徒士十、足軽十。
その様子を私は遠目から見ていた。
殿軍の一兵卒なので、接近するのはこの辺りまでが限界なのだ。
長倉金八が私の側に並んだ。
小声で囁く。
「本隊の方が宜しかったですか」
「いやいや、こちらの方が肩が凝らないと思う」
都からの風に当家の旗印、赤い桔梗紋二つが揺れた。
ちょっと重めの馬印、金の鈴二つも揺れた。
騎馬足軽隊、盾足軽隊、槍足軽隊、弓足軽隊、鉄砲足軽隊と続いた。
益田藤兼の案内でお宮一行が入洛した。
周知されていたようで、一目見ようとする者達が待ち構えていた。
前面に並ぶのは、見るからに物見高い庶民達。
その人垣の後ろに富貴な者達が垣間見えた。
彼等彼女等は感情を押し殺しているように見えた。
当家、稲葉山明智家を恐れているのだろう。
徹底して射殺す、焼き尽くす。
それでも好奇心が勝った者達が、こうして並んでの出迎え。
私は物見高い野次馬に飽き、背後の家屋敷に目をくれた。
表通りは真新しい造り。
ところが横丁を見ると、一変した。
壊れた建屋が多い。
銭が足りないのか、大工が足りないのか、材木が足りないのか、
その何れかだとは思うが、気の毒な・・・。
あらゆる意味での貧困は、最終的には為政者の責任だろう。
本隊が何の問題もなく宿舎となる妙覚寺に入った。
当の寺に歓迎されてるかどうかは知らないが。
本隊以外の隊はそれを見届けると、
前以って決められていた野営地に向かった。
殿軍に割り当てられたのは広い空地。
放火された公家の土地だそうだ。
焼け跡を尼子家で片付け、更地にしたのだそうだ。
それで尼子家の和議に対する本気度が計れた。
早速私は隊を離脱した。
宿営準備を皆に任せ、都見物を行う。
勿論、身元を隠すために着替えた。
旅の武士を装った。
当然、私一人ではない。
側仕えの長倉金八と斉藤一葉が同行した。
見掛けは三人だが、陰供が大勢いた。
事前の話し合いの結果、都の忍び宿から甲賀党が駆り出された。
前にも居れば、後ろにも居る。
それもさり気ない扮装で。
彼等は商売柄、庶民、旅商人、僧形、山伏と形には事欠かない。
物見遊山の私達の前に、老人が軽やかに飛び出して来た。
「都に詳しい案内人は必要でおまへんどすか」
猪鹿虎永が小者の恰好をしていた。
「案内してくれるのか」
「へえ、銭しだいですわ」
「出来れば安く」
「あたしは安い爺さんやおまへんどすよ」
「それじゃ、頼むよ」
「で、銭っこは」