(新時代)7
近藤勇史郎に先の戦の様子を尋ねるのは憚れた。
何しろ彼は口数こそ少ないが、強さと優しさを兼ね備えた人。
常日頃は、一方に傾く事はない。
が、私やお家の為であれば、即座に鬼へ傾く。
人はそれを決断力と申すそうな。
真新しい焼け跡は彼の指示によるものだろう、と想像がついた。
雑草や蔦が絡まる集落跡や社寺跡も見受けられた。
共通しているのは戦で焼け落ちた痕跡。
随分昔の戦で、この様な仕儀と相成ったのだろう。
このまま朽ち果てるに違いない。
そして皆の記憶からも忘れ去られる。
そんな感慨にふけっていると、足下から声がした。
「気に病んではなりませんぞ。
・・・。
諸行無常、万物流転、時々刻々生成発展」
小者の恰好をした猪鹿虎永が私の馬と並んで歩いていた。
仕事を嫡男に引継ぎ、今は悠々自適の隠居生活の筈が、何故ここに。
疑問の色を読み取ったのだろう。
小さく笑う。
「ほっほっほ、驚かせましたかな。
結構結構、こけっこうですじゃ」
遠くから鐘の音が聞こえた。
耳を傾けた虎永が言う。
「おおっ、聞こえた聞こえた。
祇園長者の銭の声、チャリーン、チャリーン」
突っ込んだら負けだ。
私は話題を変えた。
「どうしてここに」
「暇してるので畿内案内を買って出ました」
「お宮殿のか」
「いいえ、殿軍の皆様を」
言うだけ言うと、虎永は頃合いと見たのか、先へ駆けて行く。
何事かと目で追い掛けると、彼は前を行く小荷駄隊に追いつき、
最後尾の荷馬車にひょいと飛び乗った。
その軽やかなこと、軽やかなこと、驚いてしまった。
とても隠居する者の動きではない。
轡を並べていた長倉金八が小声で私に言う。
「別宅に妾を囲っているそうです」
女房とは死別しているので、問題はないのだが、
私は興味本位で尋ねた。
「お蝶は」
彼には孫娘がいる。
沖田に嫁いだ猪鹿蝶だ。
「知らないと思います」
「齢は」
「幸いにもお蝶より年上です」
なら発覚しても大きな問題にはならないだろう、たぶん。
都の手前の河川が見えると、一行の前の方から使番が来た。
「このまま進むと、洛中で分宿するのに手間が掛かる。
そこで一旦、ここに夜営する事にした。
皆、手分けしてそれぞれ陣を張れ」
川向こうに数多な屋根が見えた。
あれが都なのだろう。
よく見ると、半分近くが被災していた。
戦の痕跡だ。
殿軍へ宛がわれたのは小さな集落跡であった。
ここも戦の痕跡。
近藤が私を手招きした。
「その方は新参者ゆえ分からぬだろう。
真ん中の陣幕を手伝い覚えよ」
言葉に従い真ん中の陣幕へ行くと、
そこは山南敬太郎が受け持っていた。
「新参者か、某を手伝え」
山南が私を陣幕の奥へ連れて行く。
擦れ違うのは気心が知れた山南の組下ばかり。
今回の件は彼等に周知されているので、
誰一人として私に頭を垂れない。
山南に一つの床几を勧められた。
「まあ、そこへ腰を下ろせ」
「はい、おそれいります」
面映ゆそうな顔で山南が言う。
「新参者ゆえ聞いておらぬだろうから、これから説明する」
「はい、お願いします」
「夜営をするが警戒は怠れない。
いつ何時何が起こるか、事前に知る術がないからな」
「ごもっともです」
山南が露骨に嫌そうな顔をした。
「お主は新参者だから夜の当番から除外する。
足手纏いは困るからな、いいな」
「はい、慣れるように努めます」
「うむっ、分かれば良い。
休むのはこの陣幕とせよ。
何が起こっても命令があるまで、この場で控えておれ。
余計な手出しはするな。
連携を壊されては元も子もない。
その辺り、承知だな」
山南が私の顔をまじまじと見詰めた。
そんなに信用が無いとは、私は落胆した。
そんな私を見て、山南が嬉しそうな顔で続けた。
「明日はゆるりとした出立となる。
尼子の者が案内に来るのでそれを待つ。
お宮殿の本隊は妙覚寺を宿所とする。
他はその周辺に野営する事と相成った。
我等はその野営組だ、喜べ」