(新時代)6
上洛するお宮一行が城下から発した。
警護は三河与力衆。
率いるのは三河衆筆頭の酒井忠次。
ただし、目の前の軍勢は五百。
この数は儀式に参加した人員だけで、先発組は伊吹浜から新堅田に、
船で渡り終えていた。
与力の忍びは、忍び役方配下の服部党。
こちらの頭は服部半蔵。
共に三河出身なので連携に不安はない。
お宮は先に続いて二回目の上洛。
今回は和議を正式に締結するのが目的なので、
その行列を御大将の明智光国が門外まで見送った。
もっとも、それは影武者の堀部弥平なのだが、それを知る者は少ない。
一般の足軽や城下の住人達は、疑いすらしない。
私は新樫田の本陣で後続のお宮一行を待っていた。
殿軍の騎馬足軽を装っているので、その集団の中に埋もれていた。
率いるのが近藤勇史郎なので、私は一兵卒として指示に従った。
余計な文句は言わない。
安全と引き換えなのだ。
何しろ、近藤は私が小さな頃からの側仕え。
親父に近い存在。
お園とお宮は母親。
土方は叔父。
沖田は歳の近い兄。
だからこの四人には頭が上がらない。
ようやくお宮一行の船が新堅田に着いた。
分乗した者達を従えて本陣に入って来た。
お宮は私には一瞥もくれない。
三河衆筆頭の酒井忠次を手招きした。
女とはいえ、大人衆の第五席。
それ相応の貫禄を身につけていた。
「酒井殿、この後は」
「本日はここに宿泊します。
領土内ですが、警戒は怠りません。
それとは別に、山城へ物見を放っておきます。
・・・。
夕刻には、服部党の手の者も戻って来るでしょう。
共に報告を聞きますか」
「ええ、是非とも」
翌早朝、お宮一行は山城へ向けて新堅田を発した。
総員は三千余。
旗印は当然、当家、稲葉山明智家の家紋、赤い桔梗紋二つ。
新たに定めた馬印は金の鈴二つ。
風に揺れる旗指物は三河与力衆の隊旗。
近藤率いる殿軍の旗指物は、三河与力衆を装っているのでその隊旗。
五十騎の内訳は、全て旗本隊から選抜した強者。
側仕えは山南敬太郎と長倉金八、斉藤一葉の三人。
この三人が交替で私に目を光らせていた。
好き勝手せぬようにだ。
二十歳になったというのに信用がないな。
一行は比叡山を迂回した。
長倉が言う。
「これは僧兵を刺激せぬ為です」
随分と弱気だなと思ったが、長倉が続けた。
「比叡山を攻めると勘違いされると困るのです」
ははん、そうか。
僧兵を刺激すると、お山を守る為に死兵と化して抵抗するのか。
今回はそれは困るな。
「しかし、通過する通告はしてるのだろう」
「それでもです」
「それでも疑うか。
神も仏もないのだな」
逢坂の関が見えて来た。
真新しい建屋だ。
当家との戦で消失した筈なのに、この手早い再建振り。
まともな幕府奉公衆がいるのだろう。
関にはどこぞの兵卒らしき者達が張り番していたのだが、
我等の姿に気付くや旗指物を仕舞い、全員が宿舎に籠ったと聞いた。
関わり合いたくないらしい。
斎藤が言う。
「旗指物からすると、幕府奉公衆の湯川でしたな」
私は彼に尋ねた。
「関銭は取らぬのか」
これに周りの者達が噴き出した。
聞こえたのだろう。
近藤が馬を寄せて来た。
「誰が払うのですか」
「関所の番人が我等に支払うのだ。
お通り下さい、これはそのお礼ですと」
近藤が鼻を鳴らした。
何も言わずに馬を先へ進めた。
斎藤が小声で私に囁いた。
「近藤さんには冗談は通じませんよ」
周りの者達がこれにも噴き出した。
それが届いたのか、近藤が振り返った。
目色が怖い。
一斉に皆が顔を逸らした。
私も皆に倣って逸らした。
街道を進むにつれて無人の集落が散見された。
何処も焼き払われていた。
幸いなのは死体が残っていない事か。
すっかり頭から抜けていた。
この山城口に攻め込んだ大将は近藤勇史郎だった。
旗本隊、六番隊、十番隊、近江与力衆の計一万二千を率い、
逢坂の関を抜き、辺り一帯に放火した。