(稲葉山城)12
虎永が私を近くの薬草園に案内してくれた。
広いがそれだけではない。
それぞれの薬草の生育に適した環境を模していた。
斜面、乾地、湿地、日当たり、風当たり等々、考え抜かれていた。
「これは凄い」
「えっへへ、分かりますか。
苦労したんですよ、こいつら我儘ですからな」
通常の農産物に比べて薬草は個性が強い。
肥料や水が揃っていても、適地でないと育たない。
虎永は実家の薬草園で培った経験をここで花咲かせたらしい。
その虎永は私の言葉に大いに気を良くしたのか、
緩んだ顔がしまらない。
「それともう一つ」
虎永が私に顔を寄せて来た。
周りの者達に聞かれぬように耳打ちした。
「越前の洞窟で硝石を見つけました」
「本当か」
「ええ。
うちの者には蝙蝠の群れを見たら、棲み処を突き止め、
下の土を調べるように指示を出しておきましたところ、
一人が蝙蝠の塒の洞窟を見つけ、下の土を持ち帰りました」
「それに硝石が含まれていたのか」
「はい、間違いなく。
念の為、別の者も走らせて確認済みです」
「他にばれる事は」
「付近に人家や集落はありません。
都合がいいので、山窩衆に手伝ってもらいます。
鉄砲を優先的に回せば、嫌とは言わないでしょう」
実家付近で鉄砲を披露するのは躊躇われた。
そこで目をつけたのが山窩衆。
彼等に鉄砲を与えて奥深い山中で試用させていた。
もうこちらでは遠慮はしない。
バンバン撃たせる。
「回すのは構わないが、こちらの手元には残るのだろうな」
「ご心配なく。
組み立てるだけの物が大量にあります。
今、ご実家の隠し倉庫から人目につかぬように、
少しずつ運ばせております。
一月もすれば全て運び終えます」
実家とは事業以外では疎遠になったと思っていた。
そんなところに実家から使者が来た。
叔父の明智光安が僅かの供回りを連れてやって来た。
事前の先触れがあったので叔父が来るのは分かっていた。
ただ、叔父が来るほどの事態出来なのかと首を傾げた。
大広間へ足を運ぶと、下座でその叔父が頭を下げて待っていた。
「頭を上げてください」
叔父が頭を上げて、ニコリと笑う。
「これは光国様、お久しぶりです」
「叔父上もお達者そうで、なによりです」
「色々とお忙しいなか、このような形の面談をお許しいただき、
有難う存じます」
「して用向きは」
「斎藤義龍殿の事です。
光国様は如何されるのですか」
「如何もなにも、義龍殿はこの城を奪い返したい。
しかし私は返すつもりはない。
そうなると、どちらか一方が倒れるまで戦うしか道はないでしょう。
そちらは如何されるのですか」
「それで困っております」
戦が終われば政が始まる。
国人領主は戦で敵味方に別れても、固い地縁血縁で結ばれている
そんな国人領主を感情の赴くまま国主の一存で処罰するのは悪手。
枝葉までの族滅ができぬなら寛容さで取り込むしかない。
それが古き者達の処世術。
実際、道三に味方した者達の多くは当主の座から身を引き、
後継者を連れて義龍に謝罪して許された。
我が実家は何もしてないのだろか。
道三軍の中で最大兵力を有していたが、
それなりの謝罪をすれば許されると思うのだが。
私は忙しさにかまけて実家の事はすっかり忘れていた。
ごめんよ、実家。