(新時代)4
私は誘惑に駆られた。
お宮の旅程にだ。
まず都に入って先方と起請誓紙の交換。
次に堺、代官を正式に雇う。
そして生野銀山へ行くの。
最後、有馬温泉であります。
羨ましい。
私も同行したい。
そこで、だめもとで提案した。
「私も同行したら駄目かな」
座の皆が固まった。
互いに顔を見合わせて思案顔。
ようやく一人目が私に言った。
「駄目に決まってるでしょう」
お園だった。
近藤勇史郎も言う。
「お絹様やお市様が聞いたら、私達は除け者なの、
そう言ってお怒りになりますよ」
それは怖い。
だけどね、私も偶には我儘を通したい。
よく聞いてよ、今の私には書類仕事と薬草しかないんだぜ。
飽きたよ。
新しい空気を取り入れたい。
何とかならんもんかね。
芹沢嘉門が私に尋ねた。
「御大将は、まずは雅な都を見物なさりたいのでしょう。
特に工芸品、絵画や書、違いますかな」
「違わない、是非とも見てみたい」
「残念ですが、今の都にその雅な逸品は御座いません。
長らくの争いで、それらは洛外に去りました。
先の尼子の洛中侵攻と、今回の当家との争いでそれが極まりました。
目ぼしい物は悉くが避難いたしました。
その大半が山中の社寺か、当家の城下に避難しております」
城下に、それは知らなかった。
空気を読んでか、新見金之助が言う。
「堺も見学なさりたいのでしょう。
その繁栄振りを。
ですが、その繁栄はこちらの敦賀津には敵いませんでしょう。
こちらは相次ぐ港湾工事と、街区拡張で、昔の比ではございません。
大いに船と人で賑わっております。
唐人町に加えて南蛮町もございます。
堺の納屋衆の幾人かが、こちらに本拠を移す勢いです」
それも知らなかった。
「移されるのはこちらにとっては大歓迎だが、堺から抗議されぬのか」
「商いは自由なもの故、それはございません」
同じく参謀役方の大石蔵人が言う。
「生野銀山の見物もなさりたいのでしょう。
ですが、お勧めはしません。
あちらも相次ぐ争いで工夫連中の大半が離れております。
その数、最盛期の半分と見込んでおります」
「代官に支払う報酬は生み出せるのか」
「半年は当家からの持ち出しになります。
・・・。
工夫の心配はなさらないで下さい。
山窩衆の伝手で、山師連中に声を掛けております。
手応えは充分です。
本格的に再稼働できるのは半年後の見込みです」
俺は貝になりたい。
お宮に止めを刺された。
「有馬温泉で湯治をするのは、当家の温泉の手本とする為です。
ございましょう、当家に沢山の温泉」
領地が広がった今、その正確な数は分からない。
この近くにもある。
大半の宿は、怪我した足軽や職工で埋まっていた。
私も入った事はあるが、不便だと感じた事はない。
黙った私をお宮が覗き見た。
「男衆では分からぬ事がございます」
なるほど、女子目線か。
お宮の行動は理に適っていた。
頃合いと見たのか、伊東康介が仲裁に入った。
「まずお絹の方様やお市の方様、その双方の了解を得て下さい」
了解を得たら、大人達は我儘を通してくれるのかな。
外の空気を吸いたいという私の野望は潰えた感がした。
それでも私は奥へ入り、お絹とお市に頭を下げた。
「どうかお願いがある。
私を助けてくれないか」
順を追って説明した。
進むにつれて二人の表情が、おかしなことに。
変顔になって行く。
面白がっている、そう理解しても間違いないだろう。
お絹が一番手。
「なに考えてのだがやぎゃ」
お市が二番手。
「こりゃいけせんね、あかんでかんわ」
私は平身低頭お願いした。
「お願い、見習う所はなさそうだけど、それでも見たい」




