(新時代)3
私が私なりに考えていると、お宮が言う。
「この和議に大樹は関与しておりません。
奉公衆が耳に入れぬように働いておるようですね。
おそらく、支障を来す、そう考えているのでしょう。
・・・。
実質的に主導しているのは尼子家です。
彼の家の関心は、今は西の博多にあります。
出雲へ戻り次第、筑前、豊前へ兵を進めるのではないでしょうか。
筑前にはかつて大内氏が支配していた博多があります。
博多を得て、大陸や南蛮との交易に乗り出すのではないか、
私はそう見ています。
・・・。
残りの管領三家は、家老衆が動いております。
あちらはあちらで、お家の事情で和議を望んでおります。
元々、家来が少なかったのに加え、此度の混乱です。
家中の立て直しを図りたいのではないでしょうか」
私は疑問が消えない。
「それが、どうして生野銀山に結び付くんだ」
「起請誓紙を反故にするのを厭わぬ連中ですが、
それでも、曲がりなりにも形になる物が欲しいようです。
どうやら、自分を納得させる為と、周りを納得させる為なんでしょうね。
私には理解できませんが。
・・・。
取り敢えず私は起請誓紙を了承し、引き換えに堺の代官職を寄越せ、
そう申し入れました」
なんてこった。
豪胆とは知っていたが、ここまでとは。
堺、この国最大の交易都市ではないか。
「それで」
「拒否されました。
堺は自治都市であるので、それは無理だと」
「で」
「で、生野銀山に落ち着きました」
お宮は、褒めて褒めての色。
採用されたと、それはそれで、・・・理解できない。
大人達の機微が。
どんな感情と損得が入り混じってそうなるのか。
一度、誰かの頭をかち割って調べる必要があるな。
尼子か、畠山か、それとも細川、斯波。
私の、頭をかち割る妄想をお宮が断ち切った。
「和議の期限は十年です」
「つまり十年後には生野銀山の代官職が消滅するのか」
「はい、残念なことに。
・・・。
あの地は代々山名家が治めていました。
しかし、下剋上でそれもままなくなりました。
あの地には国人や土豪、地侍が入り混じていて、
声高に我が領地と主張するからです。
近隣の者達も同様です。
どこから横槍が入っても不思議ではなく、尼子以外の三家では、
治めても長くは持ち堪えられません。
・・・。
当初の和議は、当家が畿内に関わらない、そういう単純な物でした。
ところがそれで事情が変わりました。
生野銀山の所有権を巡っての争いが表面化したのです」
「ようく分かった。
こちらに押し付けようとしていたのか」
「はい、素知らぬ顔で口にしました。
それを聞いた瞬間の向こうの喜びようをお見せしたかったですね。
もう気持ち悪くて吐きそうになりました。
ですから期間を、五年のところを十年としました」
期限付きの所有だが、一つ問題が。
誰を、足軽の番隊を派遣するのか。
考えていると、それを参謀役方衆筆頭、芹沢嘉門が読んだ。
「既にお宮殿が手配されております」
「どのように」
「堺の商人を代官に起用されるそうです。
現在、その者の身辺調査を忍び衆役方が行っております」
猪熊熊久が私を見た。
「納屋衆の田中宗易と申す者で、『ととや』なる店を構えております」
お宮がニコリとした。
「その田中様は三好様とは大層親しいそうです」
それは喜ばしいが、鉱山経営は大丈夫なのか。
「商人で代官が務まるのか」
「堺の納屋衆は傭兵を好みますから、その点は大丈夫でしょう。
そして三好様が後ろ盾となれば、
好き好んで手出しする者が居るでしょうか」
私は了承した。
「代官が決まり次第、起請誓紙を先方へ入れよう。
お宮が向かうのか」
「当然です。
帰りに有馬に寄り、湯治する予定です」
お宮が良い笑顔をした。
有馬温泉か。
湯治なら仕方ないな。
「どのくらい」
「十日ほど」
「最後まで三河与力衆や服部党も同道してくれ」
万一に備えてだ。
近藤勇史郎が小声で漏らした。
「起請誓紙ですか」
大人衆に引き上げられたばかりの土方敏三郎が応じるように、一言。
「破るのが前提ですよね」
お園が応じた。
「こちらから破るのはどうかと」
参謀役方次席、新見金之助が言う。
「先に先様が破れば・・・、ですな」