表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
oh! 銭ぜに銭 ぜに銭ぜに。  作者: 渡良瀬ワタル
236/248

(新時代)1

 二人とその側近達しかいない場なのだが、

岩成友通が小声で安宅冬康に勧めた。

「城内の動きがきな臭くなりました。

そろそろ淡路へ戻られた方が宜しいかと存ずるが」

 彼だけでなく居合わせた者達も同じ気持ちらしい。

皆が頷いた。 

それに冬康は苦笑いで応じた。

「あの者共に後ろを見せろと」

「お気持ちは分かります。

ただ、兵は拙速を尊ぶとも申します。

何事も起きぬうちに去られる事をお勧めします。

翌早朝にでも」

「それは好かんな、逃げるようで好かん」


 冬康の側仕えの一人が言う。

「おそれながら申し上げます。

お馬廻衆であれば、今直ぐ発てます」

 友通が同意した。

「それが良いですな。

騎馬のみであれば何があっても動き易い。

襲撃されれば相手せず、分散して逃げれば宜しかろう」

 重ねて少数精鋭で淡路へ引き揚げろと勧めた。

冬康は迷った。

「分かるが、逃げるのはどうもな・・・」

 名を惜しんだ。


 しかし冬康本人の考えはどうあれ、

周辺の状況から引き揚げざるを得なくなった。

明智領へ攻め込む四方面、大和口、山城口、丹波口、丹後口、

それぞれを受け持っていた官軍が殲滅の憂き目に遭ったからだ。

加えて容赦なく辺り一帯が大きく焼き払われた。

殊に山城口の火の手が都へ及ぼうとした影響は大きい。

官軍の体たらくを都雀が大いに嘆いた。

これにより険しくなった飯盛山城の空気も、

より一層険悪なものへと変じた。


 冬康は、都へ出していた淡路衆を飯盛山城へ戻した。

これにより飯盛山城に留め置いていた淡路衆と合わせると、

その兵力は二千余。

この兵力で堺へ赴き、少数で海路淡路へ戻るつもりでいた。

海は淡路水軍衆の得意とするところ。

明智家が手出しできるとは思えなかった。

 臥している三好長慶に代わり、嫡男の慶興が見送りに出た。

「叔父貴殿、父が大変お世話になりました」

 深々と頭を下げる甥っ子に冬康は無表情で返した。

「ああ、こちらこそ邪魔したな」

 双方共に視線に色を表さない。


 二千余、数にすれば少ないかも知れないが、

街道を埋め尽くすには十分過ぎた。

物見、先鋒、第二軍、本隊、小荷駄隊、殿軍。

それぞれが適度な間隔で、渋滞せぬように続いた。

そして慎重にして、行く手に伏兵を置ける場所と見るや、

弓隊に命じて矢を射込ませる厳重な警戒振り。

堺まで短距離移動なので、慌てず騒がずで行軍して行く。

 と、二日目、隊列後方で銃撃音が重なり鳴り響いた。

小荷駄隊に撃ち込まれたのだ。

徒士の組頭を装っていた安宅冬康を蜂の巣にした。


     ☆


 私は何時ものように小谷城の薬草園にいた。

朝から土を耕していた。

薬草が育ちますように、薬草が育ちますように、と祈りながら畝をうねうね。

薬草は難しい。

土地が豊かであれば良いというものではない。

乾燥した地を好むもの、風が強い地を好むもの、湿地を好むもの、

日陰を好むもの、寒地を好むもの、とそれぞれなのだ。

だから、悲しいかな、この薬草園で育たぬ種もある。


 私を呼ぶ声が聞こえた。

お腹を大きくしたお市が上がって来た。

「光国様、皆様方がお集まりだがやよ」

 お付きの侍女達の顔色が悪い。

彼女を案じて気が休まらないのだろう。

私はお市の手を取った。

「大丈夫か、疲れないか」

「大丈夫だがや。

ちいとは身体を動かさと、かえって身体に障りようるとよ」

「さあ、一緒に居館に戻るか」


 私はお市の手を引き、背中に手を当て、薬草園を後にした。

居館の大広間には大勢の文武官の顔があった。

官軍との戦いが終了したので、一部を備えに残し、

大部分が小谷に集まっていた。

「御大将のお成りです」

 お屋形様呼びはなく、正式に御大将となった。

大人衆筆頭の伊東康介から始まった。

「お味方の大勝利おめでとうございます」

 これに一同が声を合わせた。

大広間が揺れた。

いやいや、私は薬草園の世話をしていただけ。

「皆もよくやってくれた。

これで畿内との争いは当分ないだろう」

 大人衆次席の武田観見が口を開いた。

「当分ですか」

「人は愚かだから、直ぐに忘れる。

あるいは、負けた原因を他人に転嫁し、自分は負けていないと言う」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ