(西から迫る兵火)46
柳生永阿弥は再び表情を消した。
「はい、その通りです。
そうそう、公方様とその取り巻きの方々は蔑ろにされておりますな」
安宅冬康は、自分もその一人か、そう問いたくなったが口を閉じた。
岩成友通へ視線を転じた。
自分と同じ色をなしていた。
激しい怒りが感じ取れた。
冬康はそれとなく大広間を見回した。
ほとんどの者達がそわそわしていた。
対処に困っているようだ。
この場に居る者達は蔑ろにされている、そう見ても間違いない。
冬康は呆れの溜息を漏らした。
岩成友通が永阿弥を睨む。
「今の話、真実なのだな」
「はい、貴方様のお命にかけまして」
友通が苦笑いした。
「ふっ、勝手に某の命をかけるな。
しかし、三好もとなると、誰だ。
誰が勝手に尼子と談合に及んだ」
「そこまでは・・・」
冬康が口を挟んだ。
「今、都に居るのは篠原長房だ」
友通が冬康を見返した。
「篠原長房が勝手に三好を代表したのでしょうか」
冬康は首を縦にしようとし、途中で止めた。
「分からぬ」
永阿弥が割って入った。
「幕府奉公衆の大舘晴光もその場に居たようですが、
公方様には何も告げておらぬようです。
奉公衆の者達にもです。
彼の方は、陰徳でも積むつもりなのかも知れませぬ」
冬康が漏らした。
「陰徳か・・・。
篠原もそうかも知れん」
友通が目を瞠った。
「お屋形様への・・・」
「だろうな。
あの者の忠義はお屋形様にしかない」
心当たりがあるのか、友通が頷いた。
「だとしても、官軍に名を連ねた一人。
我等と同様、明智家相手に安閑とはしておられぬでしょう」
「あの者は元から自分の命は捨てておる。
お屋形様への忠義一途だ。
だからお屋形様の代人気取りで都から離れぬ」
「ああ、そう言われると思い当たる事ばかりで・・・。
もしかして、勝手に冬康様の名を使っているかも知れませんな」
「ああ、それはあるな」
冬康は視線を再び永阿弥に戻した。
「で、長逸殿は無事なのだな」
三好長逸は松永家の領地に入り、庇護を求めた。
官軍に名を連ねた者とはいえ、そこは同僚。
松永家に断る選択肢はなかった。
「無事とは言い切れませぬ。
手当てはしておりますが、なんとも・・・」
「怪我が重いのか」
「はい、興福寺の僧が明智家の薬で手当てを行っております」
「興福寺の僧と明智家の薬の組み合わせか。
面白きものよな。
・・・。
長逸殿の家来衆は」
「坂東季秀殿、岩崎直基殿を初めとして、
多くの方々が戦死なされたのを確認しました」
柳生永阿弥が退出しても座の空気は重い。
冬康が自嘲気味に言う。
「こちらは負けた。
しかし、他の箇所はどうだ。
山城口、丹波口、丹後口とある。
全て明智家で制せられるものか、どう思う」
問われた友通が請け負う。
「無理とは思いますが、調べてみましょう。
某が使番と物見の手配をいたします、お任せを」
冬康は座の者達に言い渡した。
「警戒を怠るな。
城内は勿論、城下もだ。
明智家には火盗の者共がおる。
決して油断してはならぬ」
三好家の飯盛山城に最も近いのは山城口。
そこへ向かわせた者共が戻って来た。
何れも顔色が悪い。
組頭が報告した。
「逢坂の関は焼け落ちておりました。
尼子の重臣、米原綱寛殿、神西元通殿、共に戦死なされたそうです」
冬康は動転した。
明智家が容赦ないのは知っていた。
しかし、こうも易々と重臣二人を討ち取るとは。
友通が思わず尋ねた。
「明智家が逢坂の関に居座っておるのか」
「さにあらず。
延暦寺の僧兵によれば、一帯を焼き払って撤収いたしたそうです」
「一帯を焼き払った」
「はい、戦場となった一帯を焼き払ったそうです」
「延暦寺は」
「事前に通告があり、寺領への延焼は防げたそうです」




