(西から迫る兵火)45
困惑する安宅冬康に代わり、岩成友通が柳生永阿弥に尋ねた。
「久秀殿が忙しいのであれば、お主ではなく長頼殿か、孫六殿、
もしくは久通殿が来るべきであろう。
なのにお主が来たという事は、松永家総出で兵を動かしている、
そう疑いたくなるのだが」
永阿弥は素っ惚けた。
「殺された数が、数でござる。
それも、あちらこちらに散らばっているそうで、疫病の恐れがあります。
なので、久秀様自ら兵を率いて、早急に片付けております」
冬康は二人の遣り取りに頭を捻った。
話が見えぬ。
友通が永阿弥に何気なさそうに問う。
「大和の国人衆だが、生き残った者はいないのであろう」
「はて、某には生憎と・・・。
戦場には居りませんでしたので」
冬康は気付いた。
顔を強張らせた。
友通より先に問うた。
「戦場の後始末を口実に、
これまで敵対していた国人衆を攻めているのか」
永阿弥は表情を変えない。
「はてさて、某には何の事やら」
思わず怒鳴った。
「ふざけるな、この機に待ってたとばかり、
官軍に名を連ねていた国人衆を滅ぼす算段か」
永阿弥はどこ吹く風。
平然と話題を変えた。
「明智家は伊賀衆の望みにより、伊賀を版図に加えるそうです」
冬康はこれに驚いた。
初耳だ。
彼だけではなかった。
大広間に居た多くの者が唸った。
友通が問う。
「まさか・・・、本当か」
「元々、多くの伊賀者が明智家に雇われるか、
足軽に組み込まれていました。
こうなるのは必然かと」
冬康は気付いた。
お屋形様宛ての書状は報告書の体をなしていた。
臥しているお屋形様を案じて、簡略した書き方をしたのだろう。
ところが、この目の前の永阿弥は諸事情に通じていた。
のみならず、気安くそれらを漏らした。
まるで久秀の意向を言外に伝えるかの様に。
「永阿弥、久秀は我等にどうせよと」
永阿弥はようやく表情を変えた。
軽く頭を下げた。
「いえいえ、どうせよとは・・・。
ただ一つ。
今後、伊賀から大和に明智勢が入って来る事は御座りませぬ。
松永家が明智家に敵対せねば、で御座いますが」
「我等は座して居れば安全、だから黙って見ていろと」
「いいえ、いいえ、三好のご本家がで御座ります」
冬康は当初、意味が掴めなかった。
暫し置いて、理解した。
それより先に友通が言い募った。
「ご本家と申したな。
その意味は・・・。
官軍に名を連ねた者達は・・・」
「明智家に敵対した方々については、某では何とも申せません。
そこのところご理解下され」
大広間が一挙に騒がしくなった。
声高に話し合う者、耳打ちする者、天を仰ぐ者、床を叩いて悔しがる者、
人それぞれであった。
それを横目に冬康は、敢えて永阿弥に尋ねた。
「儂は狙われるということか」
「そこの所は某にお尋ねになられても困ります」
冬康は沈思思考に入った。
その間、友通や重臣達が永阿弥に質問を重ねた。
永阿弥は嫌がりもせずに一つ一つに気軽に答えてくれた。
時折、その永阿弥の視線が冬康に向けられた。
その色に堪え切れず、冬康は尋ねた。
「尋ねたい事でもあるのか」
「いいえ、ただ・・・」
「はっきり申せ」
「安宅様は舞台裏をご存知でない、そう見えましたもので」
「舞台裏とな」
「はい、舞台裏でございます」
「申せ」
「ここまでの遣り取りを振り返りまして、そう感じました」
冬康は姿勢を正した。
「遠慮なく申せ」
「尼子家が官軍の主立った方々の了解を得て、
明智家との和議に動いております。
その事、安宅様はご存知ないのですな」
冬康は心底から驚いた。
魂消た、魂消た、魂消た。
しかし、眉一つ動かさない。
大広間に座する者達から悲鳴に似た声が上がったので、
それで逆に冷静になれたのだ。
感謝しつつ、永阿弥に問を重ねた。
「畠山、細川、斯波、そしてこの三好も、という訳だな」




