(西から迫る兵火)43
三好長逸は供回りの者達に拘束された。
一人が言う。
「我等は既に敵の術中に嵌っております。
反撃するのは無駄です、犬死にです。
とっとと退きましょう」
反論しようとする長逸に、別の一人が言葉を重ねた。
「本陣が落とされても、大将が討たれてなければ宜しいのです。
殿軍の者共もそれを承知で残るのです」
坂東季秀が岩崎直基に言う。
「河内への脇街道、杣道隘路の張り番が残っているそうだが、
それも疑ってかかれ。
敵の忍びには伊賀者甲賀者が多い。
それらが知らぬ筈がない。
何処かに伏兵が置かれている筈だ」
「それは困ったな。
・・・、ん、決めた。
大船に乗ったつもりで某に任せろ」
明智家は悠長に過ごせる時間を与えてはくれなかった。
右隣の村の方から陣太鼓が聞こえて来た。
明智家の攻撃開始の合図だ。
後方の村の方からも陣太鼓。
そしてこちらでも陣太鼓。
遅れて各所から銃撃音が轟いた。
耳元で儂に仕える武将が悔しそうに言う。
「手遅れにならぬうちに、さあ参りましょう」
坂東季秀や岩崎直基も申したように、我等は敵の術中にあるようだ。
長逸は頷きつ、情けない自分の姿を見た。
恰好はどこから見ても足軽。
武器は槍と脇差。
供回りの者共も同様に足軽姿。
一人鎧兜姿の坂東季秀が馬上から手を上げ、前方を指し示した。
「方々、いざ参ろうではごさらんか、極楽へ」
手勢が砦から一斉に飛び出した。
先頭を切った坂東に他の騎馬が従う。
その数八十余騎。
これが砦に揃えた騎馬戦力。
遅れじと、武将達の陪臣を含めた足軽雑兵が全て出撃した。
城下の村に分散していた者達がこれに合流した。
千を超える数に膨れ上がった。
後に残されたのは足手纏いになる小者足弱の者達。
彼等には兵糧を手土産に降伏するように言い含めてある。
本陣の長逸勢が一塊になって伊賀方向へ突き進む。
鉄砲で削られるが一人として逃れない。
正に死兵。
明智勢にとっては想定外であったらしい。
正面兵力の鉄砲隊が浮足立つ。
そこを坂東は見逃さない。
すかさず、軍首をそちらへ向けた。
「遅れるな」
複数の銃弾が坂東に集中した。
鎧兜の至る所が被弾した。
馬も同様であった。
人馬が一体となり、前のめりになって倒れ伏した。
するとその後ろにいた騎馬武将が大声で叫ぶ。
「某が極楽への道案内つかまつる」
明智鉄砲隊の左右には護衛の槍隊が配されているが、
長逸勢はそれは事前承知のこと。
敢えて鉄砲隊、敵中突破を敢行した。
これに足軽雑兵の者共が続いた。
鉄砲隊に銃剣を装着する暇を与えない。
阿修羅の如き勢いで押し通った。
無事な騎馬は十二頭。
余裕があれば敵鉄砲隊を殲滅するものの、それは目的ではない。
抜けた後、先頭を走っていた騎馬の群れが、一斉に馬首を返した。
先頭になった別の者が大声で呼ばわった。
「一塊となれ」
彼は隊列は気にしない。
他の箇所の戦闘も気にしない。
ただ、従うは事前の策のみ。
坂東が倒れたが、それを受け継ぐのみ。
敵の薄い箇所を視認した。
足軽雑兵の息が整うのを待ち、再出撃の号令。
「行くぞ、これより河内へ真っ直ぐに向かう」
長逸とその供回りの者達は、それより早く手勢から離脱した。
森を抜け、安全地帯を目指した。
松永久秀の領地だ。
不本意とはいえ明智家とは敵対した。
しかし松永家とは別。
これまで三好家の同僚として接して来た。
これからもそう有りたい。
だから事前に連絡はしていない。
勝手に抜けるだけ。
三好長慶の居城、飯盛山城は大騒ぎであった。
大和からの報せが、我が方が勝っているだの、負けているだの、
情報が錯綜していて、てんてこ舞い。
判断の下しようがなかった。
肝心の三好長慶は病に臥したまま。
見舞いに訪れた嫡男、三好慶興は逼塞状態。
そんな中、三好家を仕切っているのは長慶の三番目の弟、安宅冬康。
自分に味方する重臣達を集めて協議していた。