(西から迫る兵火)42
三好長逸が本陣を置いているのは街道を望む丘の上の砦。
持ち主の国人より借り受けた際、その者は城と申していたが、
どこから見ても砦、砦としか言いようがない。
斜面を活用した砦で、丸太を組んだ外壁と櫓が目を惹く。
堀も石垣もない質素な造り。
国人の力であればこんな物だろう。
当然、小さいので収容できる人員は限られた。
寝泊りさせたのは供回りとその陪臣、五百。
それ以外は周辺に配した。
城下町、いやいや、やや広い村には信頼の置ける三好勢を置いた。
幸いだったのは社寺のご立派さ。
砦よりも金を喰っていた。
当初より、国人衆の扱いには困った。
長い動乱ゆえか、遺恨深い者達が多いのだ。
そこで慎重に組み合わせ、押さえられる有力者を頭に置いた。
筒井と越智の二氏。
右隣の村に筒井と国人衆。
後方の村に越智と国人衆。
少し離れているが、呼べば半日で来られる距離。
不足しているのは兵力。
公称は五千だが実数は四千にも満たない。
国人衆が賦役の者共を、こちらの目を盗んで村に戻しているからだ。
元々、この砦は籠る為ではなく、
明智家討伐軍への兵糧集積地として借り受けた。
城下村の社寺荘園宿坊がそれだ。
大部分を都へ送り帰したが、それでも少しは残して置いた。
自分等の滞在期間が読めないからだ。
長逸は目の前に運ばれた朝餉を見た。
相も変わらず、陣中食を煮炊きしたもの。
大盛飯に一汁一菜。
長い付き合いの従卒が言う。
「朝なので酒は付けられませんよ」
愛想ない言葉に長逸が返した。
「ふん、女は」
「まだ朝が明けたばかりです。
しかし、ご所望とあれば夜に手配いたします。
この地の牛蒡で良ければですが」
「牛蒡は好かん」
「では御坊様になさいますか」
「そんな趣味ねえよ」
長逸と従卒が遣り合っていると、近習が呼びに来た。
「皆様、お集まりです」
長逸は飯を飲み干し、大広間へ向かった。
途中、近習に尋ねた。
「国人衆への使番は」
「発しております、警戒を厳にするようにと」
「うちの者等は」
「改めて物見を各所に放っております。
しかし、おかしいですな」
「何が」
「張り番や巡回を殺したなら、夜討ちか朝駆けでございましょう。
ところがそれが一切ない」
「ああ・・・、連中は鉄砲を大量に持ってる。
籠城は別にして、その鉄砲を活かすのは昼間だ」
大広間とは言うが、村の大広間。
それでも乾拭きが徹底されていた。
長逸が上座に腰を下ろして集まった者共を見回した。
「幾人か欠けておるな」
坂東季秀が答えた。
「慣れた者達を物見に出しております」
「そうか」
岩崎直基が言う。
「伊賀方面に出して置いた張り番は潰され、
巡回の者は一人も戻ってはおりません。
無事なのは河内へ戻る脇街道、杣道隘路だけです」
河内守護は畠山高政で、河内高屋城を居城としているが、
河内全域を支配している訳ではない。
三好長慶が河内の飯盛山城を居城とし、
芥川山城には嫡男の三好慶興を入れていた。
よって河内への道は三好家へ通じているとも言えた。
安堵した長逸を嘲笑うかのように法螺貝が吹かれた。
三方からの法螺貝。
それは明らかに意志を明確にしていた。
この本陣、右隣の村、後方の村それぞれの方向からだ。
坂東季秀が言う。
「知らぬうちに入り込まれ、囲まれてしまいましたか。
これは困りましたな」
困っている顔ではない。
岩崎直基が苦笑い。
「そうそう、ここらで終わりですな」
「そのようだな。
しかし直基よ、お主は長逸様と共に退け」
岩崎が気色ばむ。
「おっ、何故だ」
「年寄りが先に逝くものぞ、順番は守れ」
「んー、しかしだな、儂より二つ上ではないか。
大して変わらんだろう」
「しかしも案山子もあるか、ここは儂に任せろ」
長逸が床を叩いた。
「儂は退かぬぞ」
坂東が長逸を睨み付けた。
「退くのも大将の役目。
その間の盾となり矛ともなるのが我等の誇り。
・・・。
者共、長逸様を飯盛山城へご案内して差し上げろ」
一斉に武将達が長逸に向かって動いた。




