(稲葉山城)11
城下町を出ると真新しい村が目に入った。
随時、銭雇いを募集しているが、このところ世相を反映して、
流民が集まる、集まる。
安全安心と思われたのか、近隣からは家族連れも流れて来た。
が、銭雇い大歓迎とはいえ、全員を城へ収容するのは不可能。
城内の足軽長屋は満員、城下町の足軽長屋も同様。
しかも義龍の紐付きがいる懸念も拭えない。
そこで大人衆が私に提言したのが大陸の屯田制。
魏の武帝・曹操が行った屯田制である。
荒廃した地に部隊を駐屯させ、軍事教練と並行して農作業を担わせた。
富国強兵策。
それが曹操の力の根源でもあると言われた。
私はそれを稲葉山明智家に取り入れた。
目の前の村がそれ。
屯田の村。
新規の銭雇いに屯田の村を作らせ居住させた。
長良川沿いの防衛拠点として順次、増やしていた。
立ち寄らずに駆け足で巡回を続けた。
完成した屯田の村が三つ、普請中が五つ。
それだけではない。
旧来の村や集落もある。
それらは土豪や地侍が治めていたが、稲葉山城を奪った勢いのまま、兵を差し向けて彼等を追い払った。
今は稲葉山明智家の支配下。
村人の不平不満は全く聞こえない。
徴税者は誰であっても構わないらしい。
長良川沿いは斎藤義龍や西濃衆への備えで屯田の村を置いたが、
木曽川沿いは違う。
尾張からの干渉はあるが、当家が織田信長の縁戚である為、
本格的に侵略して来る懸念はない。
派兵した時点で留守の城を信長に狙われ、奪われ兼ねないからだ。
その安心感から川沿いには職人達が居住する村を置いた。
明智本家での事業に支障が出ない範囲で、薬師、鍛冶師、指物師、
研ぎ師、石工、大工、陶工等諸々の職人の移住を進めている。
そしてここでも明智印の塗り薬、服用薬、香、石鹸、清酒、薬酒、
それらを製造させる予定だ。
鎌、鉈、斧、鍬、千歯扱き、唐箕、龍骨車、踏車等々も作らせたい。
美濃伝統の刀工、美濃和紙、陶器の美濃焼も抜かりはない。
職人を得る伝手を得た。
万一に備え、砦規模の屯田の村も普請中だ。
完成すれば、明らかに目に見える形の牽制になる。
これらが稼働する前に敵大軍の襲来が無い事を祈る、来たら呪う。
河原で昼飯にした。
手練れ揃いの十騎と聞いていたが、調理に慣れた者がいた。
途中で弓で射た鳥や兎を手早く血抜きした男だ。
河原でチャチャッと解体して、
事前に火を熾して熱した鉄板の上にそれを並べた。
引いた油がパパッと跳ね、ジュジュツと焼ける音。
香ばしい。
私は思わず箸を出した。
美味い。
油だけでなく、肉に何らかの香辛料がかけられていたのだろう。
薬草には強い私だが、それが何かは分からない。
おそらくだが、何種類か混ぜてある。
私は彼に尋ねた。
「君の名前は」
「山南敬太郎です」
「野営の時は私の賄いを任せる」
それを蒼次郎に突っ込まれた。
「殿、食い意地はってますね」
「あ、それじゃ蒼次郎のは無しで」
幾つかの職人の村を巡り、最後は山の村に来た。
山伝いに稲葉山城へ行ける為、ここを防衛拠点とした。
領地の山林は入会地を除き、全て薬草園役方の管轄下に置いた。
薬草園役方の筆頭は大人衆を兼ねる猪鹿虎永。
稲葉山明智家の甲賀衆の棟梁でもある。
その猪鹿虎永が出迎えてくれた。
「殿、巡回してどうでしたかな」
「全て順調だ。
皆、普請や耕作に慣れてきたみたいで、作業が手早い。
戦が無ければ予定より早く稼働できるようになるけど、
こればかりは相手次第だからね」
「斎藤義龍ですか。
このまま引っ込んでくれるとは思えません。
収穫を終えたら直ぐに来るでしょうな」
「多分ね。
ところで山窩衆と河原者は」
「山窩衆は大人衆入りも、里に下りる事も拒否しました。
それでも我等へは味方するそうです。
これから細かく詰めますが、場合によっては、
彼等を薬草園役方の下に置いて宜しいですかな」
「つまり薬草園役方の与力か、いいよ。
河原者は」
「長良川の河原者は河原衆としましたが、木曽川の方は手強いですな。
一向に靡きません」
「川舟を利用する事によって、関係を築いてくれ。
兼山湊あたりから始めたらどうかな」
「分かりました。
纏めた河原衆はどうしますか」
「河原衆も全て、薬草園役方の与力としましょう」