(西から迫る兵火)41
大和口へ入った藤堂平太は忍びの道案内で廃村に本陣を置いた。
この時代、村が消滅するのは珍しい事ではない。
賦役賦役で若者が戦場へ駆り出され、半分も戻らない。
敗残兵が盗賊化し、乱暴狼藉の限りを尽くす。
領主は年貢年貢と口にするばかりで盗賊狩りに乗り出さない。
加えて手の施しようのない旱魃、野分、長雨、洪水、冷じ。
長年の弊害が積み重なり、遂には村挙っての逃避行、
流民化が常態化した。
廃村は不思議でも何でもない。
物見に出した者達が次々に戻って来た。
官軍の様子を詳しく報告した。
大和口の大将は三好長逸。
当初三万であったものが、都に割り当てられて今は五千余とか。
旗下の三好の兵力は三千にも届かない。
主立った武将は坂東季秀、岩崎直基の二名。
大和の国人衆についても把握していた。
主力の一つの筒井勢は、若年の当主に代わり、その叔父が参じていた。
筒井順政。
兵力は五百。
付き従うのが重臣の森弥五郎、市原道安、小泉重四郎。
陣借として、没落した国人衆の一人、十市遠蔵。
もう一つの大物は越智氏。
病気で伏せている当主に代わり、越智家茂が参じていた。
兵力は、筒井家への対抗心を剥き出しにしての五百。
付き従うのが飯高則祐、稲屋戸景吾、小夫実行。
秋山勢を率いるのも代人、縁者の黒木宗州。
箸尾勢も代人、縁者の石見高芳。
井足勢も代人、重臣の梅本良介。
栄山勢も代人、重臣の岡行盛。
沢家も代人、縁者の沢久満。
楢原勢も代人、縁者の米谷慶吾。
布施勢も代人、縁者の二見行忠。
古市勢も代人、縁者の邑地家春。
芳野勢も代人、重臣の諸木野矢次郎。
それぞれの兵力は百を超えていない。
他にも国人衆や地侍が参じていたが、箸にも棒にも・・・。
藤堂は呆れ返った笑みを浮かべた。
「五千で我等を止めるつもりか」
「いいえ、その前にまだ気付かれてもいません。
向こうの物見は全て殲滅いたしましたので」
「しかし、一人も戻らないとなると、流石に気付くだろう」
「一昼夜は潜り込ませた忍びが役立ちましょう。
そして、気付いた時には既に手遅れかと」
物見の者が自信たっぷりに言う。
藤堂は方針を決めた。
速攻にしかず。
「一方を空けて、三方から攻め寄せる」
問題はお味方与力衆への割り当てだ。
手柄を立てる機会を与えるのも方面を預かる指揮官の役割。
美濃一番隊三千、美濃与力衆三千、無役の六番隊三千。
それぞれに持ち場を与えた。
そして自らは穴を空けた箇所の側面にて、
万一の際の遊軍と落人狩りを兼ねての待機とした。
もう一つ、昼日中より面会を求められていた。
各所へ使番を走らせた後、その求めに応じた。
「お待たせいたした」
「こちらこそお忙しい最中、この様に失礼いたして恐縮しております」
柳生永阿弥。
生家の柳生は古くからの大和の土豪だ。
その家は松永久秀に仕えると同時に、武芸でも知られ始めてきた。
ただ、彼は公式には松永家とは無縁の者。
遊興の人であった。
それが松永長頼の添え状を持ち、久秀の書状を持って現れた。
藤堂は書状を読み、長考に入った。
その間、永阿弥は目を閉じていた。
松永家からの要請であった。
受ける受けないは、戦時であるので方面指揮官に委ねられていた。
藤堂は添え状と書状を従卒に預けた。
「大切に保管してくれ。
一区切り付いたら御大将に提出する」
藤堂は永阿弥に視線を戻した。
それに気付いたかのように永阿弥が目を開けた。
「私は中身は存じませんが、ご理解頂けましたかな」
「ええ、ご使者ご苦労様です」
「浮世の義理とお笑い下さい。
して、ご返事は」
「ただいま、認めます」
幸い手元には硯も筆も紙もある。
日の出と共に三好長逸は起こされた。
不寝番を務めていた武将が面会を求めている、と従卒の一人。
長逸は朝餉を後回しにして、その者を陣中に呼んだ。
「如何したのだ」
武将が息せき切って言う。
「申し訳ございません。
張り番の忍びの者共が戻りません。
また、宿所の者共も姿を消しました」
長逸は眩暈を感じた。
「・・・一人もか」
「はい、一人もです」
直ちに長逸は従卒に命じた。
「まず陣鐘を撞け。
それから主立った者達を呼び寄せよ」




