(西から迫る兵火)39
私は二人に提案した。
「和議は、こちらの攻撃が終了した時点から発する、
そういうことで宜しいかな、ご両所。
もっとも、それまで尼子殿が生き残っていればだが」
小笠原長雄が私を憎々し気に睨む。
「我がお屋形様を狙うのか」
「それは現場判断。
隙があれば狙い撃つ。
なければ手を出さぬ。
大切なのは家来達の命だ。
無理せぬ様にとは申し伝えてはあるが」
飯母呂十兵衛が黙った小笠原に力強く言う。
「お屋形様はご無事です。
我が一族が総力を上げて身辺を固めております。
知らぬ鼠は一匹たりとも通しません」
ここで今、正式に和議を結ぶ必要はない。
私は二人を交互に見た。
「一応、念を押しておく。
攻撃が終了した時点でこちらは待機に入る。
そこから、なし崩しで和議状態とする。
そちらが一家でも望まないのであれが別だが。
何か尋ねたい事はないか」
小笠原は顔を顰めた。
飯母呂は心底を覗かれたくないのか、表情を消した。
それでも二人は渋々ながら頷いた。
私は新たな問題を提起した。
「纏まって誠に持って祝着至極。
・・・。
それでだ、その方等を無事に都へ戻したいが、帰路に関し、
何がしかの腹案を持っているのだろうな」
即座に小笠原が飯母呂を見遣った。
飯母呂任せらしい。
その飯母呂は思案顔。
首を捻った。
私は飯母呂に声をかけた。
「どうした」
「はっ、ははは、それが・・・。
来た道を戻るつもりでおりましたが」
私は親切心から断言した。
「比叡山なら無理だ。
頃合いからあの一帯には足止めが布告されている。
出入りは一切認められない。
押して通る者、密かに通る者、それが女子でも稚児でも、
それらは理由の如何を問わずに斬り捨てられる」
飯母呂が肩を竦めた。
「某一人なら抜けられますが、困りましたな」
同行している面々は武士ばかり。
弓馬なら得意だろうが、無事生還を期すとなると・・・。
無理だな。
飯母呂にしても、生還できる確率は半々だ。
私は提案した。
「道は一つ。
無事に戻りたければ若狭から船に乗るしかない」
小笠原の顔色が良くなった。
それでも懸念があるらしい。
「尼子の船が寄っておりましょうか」
この中で詳しいのは産物取締役方。
その者がここぞとばかりに口を開いた。
「おりますぞ。
商家は武士とは違い、商いの活発な土地に寄り付きます。
それが尼子の商家だとしてもですな。
ここでの商いで儲けた銭が尼子家の矢銭になるのです。
お叱りのない様に。
・・・。
先触れを出して置けば待たせられます」
私は指示した。
「その様に、任せるぞ」
「承りました。
尼子の商家の船を待たせます。
もし居ぬ場合はそれ相応の船を用意させます」
去り際に小笠原が姿勢を正して私の方を見た。
「興味からお尋ねしたいのですが、宜しいですか」
ほほー、何だろう。
こいつの興味は。
「当家の手の内は明かせない。
それで良いのなら」
「伊勢の北畠様はどうなされていますか」
はは~ん。
北畠家が官軍に加わる様子がないから困っているのか。
「将軍宣下には重職の者を代理で送ったと聞いているが」
「それ以降は音無しなのです。
書状を送っても、言うなれば、柳に風かと」
適当に受け流していると言うのか。
そうなると原因は義兄しか考えられない。
織田家がこの機会に再び動き出した。
そのせいで北畠家は織田家の調略、調略、調略に困り果て、
身動きが取れない。
そういったところだろう。
「私は北畠と付き合いがないので分かりかねる」
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