(西から迫る兵火)36
私は泣き始めた双子を宥めるのに苦心した。
その隣でお絹とお市の姉妹は余裕な表情。
二人の鼻が微妙に動いた。
互いに顔を見合わせると、頷き合い、
双子を私と乳母達に任せて山南敬太郎の方へ歩いて行く。
賄い方から香る匂いに誘われたのだろう。
足取りに迷いはない。
小谷城の背後の山々に住む山窩衆の村から、山の獣肉が献上された。
それを今、山南組が調理していた。
焼肉、そして椎茸餃子。
おお、鼻を擽る匂い。
もうすぐ食べられる。
子供を宥めた頃合い、私を呼ぶ声が聞こえた。
「殿、殿、いらっしゃいますか」
側仕えの長倉金八が薬草園に現れた。
私を見つけると小走りになった。
耳元に小声で囁かれた。
「皆様、お揃いになりました」
「ああ、もうそんな時刻か」
気付いたお市に言われた。
「旦那様、ほんならお食事は後回しにしてちょう。
代わりに私達が頂くでよ、わかったかにゃ」
山南が笑顔で小さく頷き、私に頭を下げた。
残して置いてくれるらしい。
それをお絹が横目で見てから苦笑い。
私は長倉達側仕えに居館の大広間に連行された。
私は上座に腰を下ろして、皆を見回した。
「顔を上げてくれ」
武官の多くが出張っていたので、今日はやけに文官色が濃い。
居残っていた大人衆筆頭の伊東康介が私を見上げた。
「殿、畿内侵攻は予定通りで宜しいですね」
一番遅れていた部隊が配置に着いたのは二日前。
彼等に休養を与えたので、参加部隊はただ今待機中。
私は他の者達を見回した。
「何か支障はないか」
こちらが配置に着いた事は敵に露見していないと信じたい。
伊東が断言した。
「要所要所に味方忍びを配しております。
絶対に露見はないでしょう。
もし、あったとしても、敵側に潜らせた忍びが処理してくれます。
安心して下され」
私が了承して次の議題に移った。
小谷城から四組の使番が騎乗して走り出た。
何れも伊吹浜へ向かった。
それぞれが待機していた湖船で対岸へ渡った。
最も早く受け取ったのは山城口を受け持つ部隊。
次は丹波口を受け持つ部隊。
そして丹後口を受け持つ部隊。
最後は大和口を受け持つ部隊。
何れも官軍が予定していた侵攻口だ。
侵攻に備えて準備させていたのだが、官軍の退却で予定が狂った。
迎撃策が無に帰した。
幸い、官軍の往路復路は把握していた。
それがこの逆侵攻で役立つ。
山城口の大将は北近江勤番・旗本隊の近藤勇史郎。
丹波口は越前勤番・二番隊の武田貫太郎。
丹後口は若狭勤番・四番隊の谷三太郎。
大和口は南近江勤番・五番隊の藤堂平太。
当家の領地は八つ。
美濃、北近江、南近江、若狭、越前、加賀、能登、飛騨。
足軽隊は旗本隊を入れて十。
領地は足軽隊に割り振って、それぞれ治めさせた。
ただ今無役なのは六番隊と十番隊。
九番隊はそもそもない。
今回の戦では官軍に比べ、数が圧倒的に不利なので、
各勤番隊からの兵力抽出に苦心した。
その甲斐あって、各一万二千を揃えられた。
鉄砲が主力なので、場所選定さえ間違えなければ迎撃も出来た。
評定を終えた私の所へ取次役方が来た。
「尼子家からの先触れが参りました」
「もしかして使者でも送って寄越すのか」
「それが、使者も同道しておりまして」
用意の良い事だ。
なんだかなあ。
「使者は」
「城下に宿をとっております」
「名と人数は」
「使者は二名。
小笠原長雄、飯母呂十兵衛のお二方です。
供回りはご使者の方が五名。
先触れの方が三名」
よりにもよって小笠原長雄と飯母呂十兵衛か。
私の影武者として竹中半兵衛が対岸の陣で面会した応じた二人だ。
その際は私も一兵に扮していた。
事情を知っていた側仕えの者達の表情も優れない。
ああ、なんてこったい。
すると斎藤一葉が顔を上げた。
「そうだ、御簾だ。
殿、御簾を置かれてはどうですか」
私は貴人か。