(西から迫る兵火)34
尼子晴久が騎乗すると供回り衆がそれを守る様に囲んだ。
取り急ぎは十八騎と徒士三十数名。
全てが揃うのは待っていられない。
晴久は既に先行している者達の背中を指し示した。
てんでばらばらに駆けて行く徒士、二十数名。
その先には馬廻り十数騎。
「前を行く連中に手柄を取られるな」
「「「おう」」」
一斉に屋敷から出撃した。
こちらは徒士衆が先払いの役目。
万一に備えて周囲に目を配りながら駆けてゆく。
それに騎乗の者達が晴久を守りながら続いた。
彼等にとってはお上の命より当主の命の方が重い。
何よりも重い。
この大路の、二つ先の辻を曲がれば仮御所への近道。
晴久はその仮御所方向へ視線を向けた。
途絶えない射撃音。
合間合間に轟く爆発音。
火も点けられたのだろう。
仮御所周辺で白煙黒煙が上がっていた。
言い争う声や、悲鳴も漏れ聞こえた。
急く心と裏腹、晴久の脳裏の片隅に疑念が生まれた。
お上の命を狙うのは分かるが、こんな真昼間に正面から来るか。
明智忍びの腕は確たるもの。
しかし、昼間に武人と正面から張り合って勝てるとは思えない。
忍びの骨頂は陰働きにある。
それを承知で来たのか。
間近、横合いから無数の一斉射撃音が轟いた。
しまった、遅かった。
晴久の肩口に激痛が走った。
焼ける様な痛み。
落馬しそうになるのを必死で耐えた。
落馬すれば確実に骨を折る。
折るだけで済めば良いが、後続の馬群・・・。
下手すれば蹄に掛けられて死ぬ。
晴久は馬の首に死に物狂いでしがみついた。
命を惜しんだ。
仮御所へは向かわず、馬を大路を真っ直ぐ走らせた。
供回りが付いて来るかどうかは知らないが、己の生存を優先した。
ここで死ぬのは早過ぎる。
畿内は自分が死ぬ場所ではない。
死ぬ場所だけは自分で選ぶ、そう思いながら馬上で気を失った。
晴久は肩口の痛みで目が覚めた。
肉が削がれる感触がした。
口もおかしい。
何かが詰められていた。
取ろうにも手を動かせない。
足も自由にならない。
目を開けた。
「うむむむ・・・」言葉にならない。
見知りの顔が上にあった。
供回りの一人だ。
「殿、手当てしているので、口に布切れを詰めさせて頂きました」
晴久が余りの痛みに食いしばり、歯を折ることや、
口内を怪我することを懸念したようだ。
視線を巡らせると、別の一人が肩口に喰い込んだ弾を除去しようと、
それはそれは苦心惨憺、額に汗していた。
浅すぎても駄目、深すぎても駄目。
首狩りが好きな奴だが、この様な小技は苦手らしい。
他の者達は晴久が暴れぬ様に手足を抑えつけていた。
彼等は彼等で必死だ。
晴久は一身をその者達に委ねる事にして再び痛みで気を失った。
無事に弾は取り出せた。
その代償として熱が出た。
供回りの者達は話し合いの末、晴久を動かせないので、
最寄りの寺社の宿坊を借り受けた。
勿論、明智忍びへの警戒は怠りはなし。
前線へ赴いた軍勢を呼び戻し、宿坊を中心に防御陣を構築させた。
蟻の這い出る隙間一つない態勢。
これには明智忍びも手も足も出なかった。
衰弱した晴久であったが、七日目には半身が起こせた。
それを聞いた重臣共が寝所に押し掛けた。
「「「殿、ご回復なされた様で、我ら一同、安堵致しました」」」
中には涙声も混じっていた。
それを見逃し、晴久は一同に尋ねた。
「あれからどうなった、お上は」
古手の多胡辰敬が代表して答えた。
「お上はご無事で御座います。
供回りの者共や、仮御所に入った者共にも聞いたところ、
殿への襲撃が終わると同時に、明智忍びは一斉に引き揚げたそうです。
これは内緒なのですが、特にお上にはご内緒で願います。
どうやら、お上は釣り餌で、殿が本命であったと皆が噂しております」
その言葉が晴久の腑にスッと下りた。
しかし、言葉にはしない。
話題を変えた。
「当方の軍勢の動きは」
「禁裏より内々の使者が仮御所に入られました。
その方が申されるには、留守を狙われるとは何たる事かと。
おそらく、都から全軍が発した事を言われておるのでしょう」
「それでお上は」
「平身低頭で御座いました。
直ちに軍を戻すと必死で確約されました」
「あれだけの大軍、戻すにも段取りが必要だろう」
「そこはあれ、奉公衆任せです」
「丸投げか、儂も見習いたいものだな」




