(西から迫る兵火)33
討伐軍の足が止まったままだ。
初日より先へ全く進めない。
無理して進もうとする軍勢もいたが、結局押し戻された。
武力によってではない。
搦め手の火攻めであった。
明智忍びは領地外であるので容赦なく火を放つのだ。
そして、軍勢が退却しても消火には関わらない。
自然に鎮火するのを待つ姿勢。
土地の者達から怨嗟の声が上がるが、
それを聞かされるのは明智忍びではない。
討伐軍であった。
お前達が居るから火が点けられた、そう直接は言えないが、
それとなく態度で示されるのだ。
土地の者も討伐軍も被害者なのだが、
明智忍びによって完全に分断された状態。
こうなると土地の者達の協力は望めない。
特に道案内。
☆
遅滞したある日の昼間。
寂れているとはいえ都大路、人出はそれなりにあった。
昼日中の方が安全だからというのもあった。
用件を手早く済ませ、待つ者の居る家屋敷へ戻る。
戦乱の世、それで命を繋いで来た。
そんな人々が避けたのが二条の仮御所。
そこは元は武衛陣で、尼子家により改築中であったものに、
足利義昭が古い建屋の方へ無理して移り住んでいた。
都人は危難を恐れて敢えて遠回りしていた。
仮御所の周囲の家々や寺社は徹底して調べられた。
屋根裏から床下、そして住む者の為人まで。
辻々には番所が置かれ、不定期の巡回も昼夜を問わずに行われた。
警戒は厳重であったが、所詮は人のやること。
幾つも穴があった、否、開けられた。
昼日中、仮御所近くの寺で幾人もの明智忍びが蠢いていた。
彼等は、仮御所以前にこの寺を忍び宿としていた。
都の根拠地の一つで、住職からして本物の僧侶であったが、
本職は明智忍びであった。
勿論、小僧や下男も。
勿体ないが、今回の件でここを捨てる事になった。
訪れた檀家の一人が言う。
「華々しくやろう。
だが、無駄死には禁じられている。
その辺りの塩梅は分かってるな」
甲賀者だ。
かつては将軍家の忍びとして働いていたが、それは遠い昔の話。
今は明智家に抱えられ、足軽身分としての家禄で働いていた。
二十人頭なのでその分の役職手当ても付く。
彼の言葉に住職や小僧、下男等が頷いた。
各々が得意の武器を手にした。
大きいのは投石機。
本格的な物ではない。
人三人分ほどの大きさだ。
焙烙玉に着火し、複数の石と共に投擲した。
距離的には十分。
仮御所に着弾し、破裂した。
これが合図になった。
陰から陰へ移動しながら、
仮御所の近辺に接近していた者達が姿を露わにした。
番所や巡回の兵を襲う。
突然の真昼の凶行に幕府方は面食らった。
迅速な対応が出来ない。
各所で怒鳴り声が上がるも、指揮系統の乱れを露呈した。
☆
近場に尼子家が屋敷を構えていた。
その日、尼子晴久は屋敷に居た。
この所の深酒が覿面で、ここ二三日は、
仮御所への出仕は昼過ぎであった。
そこへ焙烙玉の破裂音。
寝起きの晴久は目を剥いた。
「何事だ」
側仕えと共に音が聞こえる方へ顔を向けた。
どう考えても仮御所とか考えられない。
鉄砲の轟音が続き、その合間合間に焙烙玉の破裂音か聞こえた。
廊下を走って来た供回りが晴久に向けて叫んだ。
「仮御所が襲われております。
明智忍びが多数、包囲して襲撃している模様です」
「奉公衆はどうした」
供回りが膝をついた。
「旗色が悪い様です」
「向かうぞ」
ここでお神輿を失う訳にも行かない。
晴久は手早く身支度すると玄関に出た。
供回りの者達も、万端ではないが、それなりの戦仕度をしていた。
「お上をお助けする」
透かさず鬨の声が上げられた。
隊列を整えている時間も惜しい。
晴久は命じた。
「個々に駆けよ、お上を救え」
「「「それではお先にご免」」」