(西から迫る兵火)26
狙撃者達とは反対側の森にも伏兵達が潜んでいた。
何れも銃と焙烙玉を手にしていた。
その一人が落馬した標的の様子を窺う為、木陰から木陰へ移動し、
小さな藪に身を潜めた。
ソッと顔を覗かせた。
標的は兜を外されていた。
目も口も開く様子はない。
どうやら再起不能らしい。
しかし、完全を期すのが仕事。
忍びは銃を持ち上げた。
こちらは普通の銃。
狙いを付けた。
この至近距離なら外す事はない。
火縄の臭いに気付いたのか、標的の供回りの一人が顔を顰め、
こちらに視線を投げた。
口を開こうとした。
残念、遅い。
そっと引き金を引いた。
銃撃音。
額の血肉が弾けた。
散開した伏兵達が一斉に行動を開始した。
それぞれが火縄に火を点けた。
銃口が火を吹き、焙烙玉が放り投げられた。
☆
河内に集まった新幕府軍十万余は城に収容できぬので、
周辺の寺社や町村に宿営していた。
彼等は三好家を攻めるべく準備していたが、
まだ一兵も動かせないでいた。
実質の総大将である管領・尼子晴久からの指示がないので、
待機の状態でいた。
早い話、手持ち無沙汰。
そんな彼等に招集が掛けられた。
城近くの寺の本堂に主要な武将達が呼び集められた。
半数は尼子家の家臣であるが、三管領から送り込まれた者達も多い。
中でも、腐っても細川家、そこから送り込まれた武将達が目に付いた。
要は、細川藤孝が一門を掌握したという事であろう。
次に多いのは河内の畠山高政のところの武将達。
地元である事も手伝い、大本堂でも我が物顔。
同僚達と私語に余念がない。
悪い意味で目に付いた。
少ないのは丹波に入った斯波義隆の手の者達。
名のある者達も少ないので、片隅にそっと控えていた。
尼子晴久が現れ、上座に腰を下ろした。
ゆっくりと全員を見回した。
「方々、ご苦労に存じる。
馳せ参じられた事、この晴久、足利義昭様に成り代わり、
深く深く感謝致す」
軽く頭を下げ、改めて全員を見回した。
重々しく言う。
「方々、ようく聞いて欲しい。
方々とは別に、新たに参じられた方々がおられる。
それを紹介しよう」
廊下から複数の足音。
意外な面々が入って来た。
畿内では誰もが知る顔触れだ。
彼等は良い意味でも悪い意味でも広く知られていた。
三好長逸、三好宗渭、岩成友通、篠原長房。
三好長逸と三好宗渭は三好一族に連なる者。
岩成友通と篠原長房は文武に優れた者。
三好長慶を支えていた実弟二人がなくなった今、
三好家を支える四柱とも言えた。
彼等は仮想敵対勢力であった。
そして、ここに集った軍勢は彼等を攻めるのを目的としていた。
誰もが不審に思った。
大本堂内で、ざわめきが広がった。
「どうなってる」
「裏切りか」
「にしては四人揃ってるが」
「三好家が降伏したのか」
三好家の面々は誰も何も言わない。
堅苦しい表情を浮かべながら、供回りを従え、
事前に空けられていた箇所に腰を下ろした。
晴久が手を上げて私語を制した。
「方々、事が事なので、これまで内密にしていた。
それを許して欲しい」
再び、軽く頭を下げた。
そして笑顔で言う。
「安宅冬康殿とも話が付いておる。
此度の戦には三好家が同心致された」
武将達から口々に疑問が湧き出た。
「長慶殿が同心なされたというのか」
「三好との戦は」
「取止めか」
「駆け付けたのが無駄になったのか」
晴久が言う。
「真の敵は明智家だ。
一つ、先の将軍・義輝様の敵討ち。
二つ、勝手に守護の領地を奪いしこと。
三つ、幕府にも、朝廷にも服さぬこと」




