(西から迫る兵火)24
私は松永久秀からの書状を読んだ。
途中で眩暈を覚えた。
・・・、遺憾遺憾、これでは遺憾。
これは確かに商品注文書に添えたくなる内容だ。
誰も居なければ頭を抱えていただろう。
上番の側仕えは土方敏三郎。
彼に読み終えた書状を手渡した。
「吟味してくれ」
もう一人の上番を手招きした。
長倉金八。
「伊東、芹沢、近藤、猪鹿の四名を呼び出してくれ。
密かに、かつ、急ぎでな」
伊東康介、芹沢嘉門、近藤勇史郎、猪鹿熊久。
松永からの書状は、己が身辺に起こった出来事を綴っていた。
主・三好長慶が陣中で倒れ伏した。
飯盛山城へ運ばれたものの、今もって起き上がれない。
そこで実弟・安宅冬康が飯盛山城に駆け付け、代行を担う。
補佐するのは三好長逸、三好宗渭、岩成友通、篠原長房の四名。
安宅は、長慶の嫡男・慶興が飯盛山城に入っても、
その権限は譲らない。
慶興には相談もせず、決定した事を伝えるのみ。
実弟であるだけでなく、兵力も擁するので誰も文句が言えない。
久秀は自身に関しては何も記していない。
家中の動きのみで、それに対する賛意も非難もない。
淡々と事実を述べているだけ。
お陰で久秀の真意が掴めない。
手練れの者達に持たせたのだが、奪われる事も想定していたのか、・・・。
土方が私に尋ねた。
「殿は如何にお考えですか」
「お主と同様だ」
土方がニヤリとした。
「これで長慶様が毒殺される事は無くなりました」
「ちょっとだけ延期だな。
用済みになれば別だが」
伊東、芹沢、近藤、猪鹿の四名が個別に現れた。
土方が、現れた順に久秀からの書状を回した。
経験豊かな者達だけに理解は早い。
特に嬉しそうなのは芹沢嘉門。
戦も間近と判断したのか、ソワソワ、ソワソワ。
私はそれを無視して全員を見回した。
「それぞれ思うところを述べて欲しい」
真っ先に芹沢が応じた。
「尼子は三好攻めと見せかけ、三好の軍を加えて、
こちらに向かって来るものと思えます。
方々は如何お考えで」
誰も異を唱えない。
三好長慶が病に臥した事から、三好家の実権が実弟に移った、
そう皆が断じた。
私は慶興の身を案じた。
「密殺される恐れは」
親子、兄弟で相争う世情、叔父が甥を殺しても不思議ではない。
猪鹿熊久が否定した。
「三好長逸、三好宗渭、岩成友通、篠原長房の四名が同意すれば、
それも可能でしょうが、現状では甚だ難しいかと」
近藤勇史郎が付け加えた。
「慶興殿だけでなく長慶殿も、ここ暫くは尼子にとっても安宅にとっても、
三好の兵力を動かすには必要不可欠でしょう。
某はそう思います」
家中の分裂を恐れているのか。
確かに。
そうなれば松永や彼に同心する者達が反発するは必死。
畿内が泥沼の争いに突入する。
私は疑問を呈した。
「どうして安宅が尼子と結ぶのだ」
伊東康介が応じた。
「目の前に尼子の十万がおるのです。
その気になれば山陰山陽から留守居の五万も呼べます。
数には敵いません」
近藤が同意した。
「安宅は水軍衆です。
生憎、陸の戦上手とは聞いておりません。
その様な者にとって目の前の十万は恐怖そのものです。
怯えと、三好家維持の為に膝を屈したのでしょう」
私は皆を見回した。
「三好家の兵が加わると周知されれば、尼子の兵力が更に膨れ上がる。
その数は如何ほどになる。
多めに見繕って欲しい」
芹沢が天井を見上げながら答えた。
「尼子と畠山で十万。
これに三好家が加わって十三万から十五万。
しかし、二十万には届かないかと」
どういう計算だ。
でも不思議と納得してしまう。
近藤が言う。
「こちらは丹後口と丹波口、山城口にも兵を置かねばなりません」
ああ、尼子は丹後、丹波、山城にそれぞれ一万の兵を置いていた。
留守居の兵だと思うが、こちらも備えの兵は置かねばならない。
でないと、相手方の武将がこれ幸いとばかり、
手柄を欲して侵攻して来る。
伊東が皆に言い聞かせた。
「不測の事態だが、慌てる必要はない。
時間はある。
しっかりとお迎えの準備をしようではないか」




