(西から迫る兵火)20
私にとっても、うちの大人衆にとっても、両細川家の当主とお神輿、
揃っての戦死は想定外だった。
皺寄せが参謀役方に向かった。
これまでの資料の見直し、書き換えが求められた。
最優先は近隣の勢力であった。
そこには大名、国人、地侍、寺社だけでなく、
土倉等、町の大人までが含まれた。
参謀役方の手足となって働くのが忍び衆役方。
幸いなのは、手空きになった人員が増えたこと。
両細川家やお神輿に貼り付けていた者達だ。
彼等を参謀役方の下働きに振り分けられた。
三好軍と尼子軍が河内高屋城を巡って対峙した。
城に籠るのは前の河内守護の畠山高政、籠る兵力五千、城外にも五千。
それを支援するのは尼子軍、大凡四万余。
対して、攻めるのが三好軍、こちらも大凡四万余。
籠城戦三倍の法則からすると、圧倒的に三好軍が不利だった。
だからといって退けない。
退けば畿内での威信が低下する。
熟慮の結果、城が見える箇所に布陣し、
四国から可能な限りの兵力を呼び寄せた。
畠山軍と尼子軍の兵糧が先に尽きると読み、各所に関を置き、
兵糧の道を封じた。
端から見ると意外な事になった。
三好軍、尼子軍、畠山軍の三者が和議を結んだのだ。
畠山は河内高屋城の保持を認められた。
尼子は山城に退いた。
三好も領地に退いた。
三者共に現状を追認した。
私が和議の件を不審に思っていると、大人衆筆頭、参謀役方筆頭、
忍び役方筆頭、この三者が説明に現れた。
伊東康介が真っ先に口を開いた。
「色々と噂が飛び交っておりますが、三好家に忍ばせている者から一つ、
大事な知らせが入りました。
どうやら三好長慶様、陣中にて倒られた模様です」
予てより病気がちだとは聞いていた。
それが大事な戦の最中に起きるとは、・・・。
かといって、見舞いの使者は送れない。
それは、こちらの手の内を明かす様なもの。
「病状は」
伊東が猪鹿熊久に目配せをした。
それを受けて猪鹿が説明した。
「飯盛山城へ運ばれました。
警戒が厳重な事から推し量りますと、
起き上がれないのではないかと思われます」
これは要注意だな。
私は猪鹿に尋ねた。
「すると和議は三好家から持ち出したのか」
「その様です。
ただ、尼子にも畠山にも、渡りに船だった様に思われます」
「兵糧か」
「はい、長期戦ともなると危ういものでした」
私は芹沢嘉門に視線を転じた。
「この後はどうなる」
「畠山は河内支配を盤石にし、尼子は将軍宣下に手が届くかと」
「三好は戦に負けたも同然か」
「はい、負けです」
「三好家の内情は」
「長慶様が身罷れば少しは荒れるでしょうが、
慶興様の継承に支障は生じないと思われます」
猪鹿が私を見た。
「気になる事があります。
尼子の忍びに、毒飼いの者達がおります」
そうだった。
毛利元就の死去の際にも、その様な噂を聞いた。
「だとしてもだ、その毒飼いを見つけられるか」
「尼子が上洛を考えた頃合いに飯盛山城に雇われた者か、
もしくは、その頃から長慶様に不満を持つ者」
「そうか、・・・。
よく調べてくれ、慶興殿も危ない」
「全力で当たらせております」
強い目力で言い、言葉を続けた。
「当家にも手が及んでいる恐れがあります。
よって、小谷城の者達を調べさせております」
その点を忘れていた。
尼子にとっては三好家だけでなく、当家も敵なのだ。
ただ、当家の場合、私の周りは馴染みの者で固められていた。
そこに付け入る隙は無い筈だ。
だとすると別の手を打つ、・・・か。
伊東が苦しそうに言う。
「戦なら未だしも、毒飼いで来られると始末に終えませんな」
芹沢が応じた。
「こちらも毒飼いを送りますか」
私は思わず尋ねた。
「居るのか、その様な者が」
「薬草役方なら誰でも」
忘れていた。
確かにそうだ。
薬も過ぎれば毒になる。
それに、薬草園の一角には毒草が植えられていた。
毒も使い様では薬にもなる。
「毒飼いを使えば癖に成りそうで怖い、止めて置こう」




