(西から迫る兵火)18
慶興殿にお味方するのか、そう問われても困ってしまう。
昨年の丹波口の一件は、三好家に味方した訳ではない。
確かに、丹波口から近江に入って来た尼子軍の先鋒を攻撃した。
それを三好家へ味方した様に捉える向きもあるだろうが、違う。
尼子軍先鋒が、松永長頼と松永孫六を追撃した勢いで、
知ってか知らずか、当家の領土を侵した。
それを確認してから、領土侵犯として迎撃した。
単なる偶発的な対処なのだ。
建前はそうなのだ。
建前は。
皆が、大戦の予兆、と認めた。
亀の甲より年の劫、大人衆の言を信じるべきなのだろう。
ここで大事なのは当家の立場。
さあ、どうする。
慶興殿に加勢を求められた訳ではない。
求められても困ってしまう。
慶興殿は友人ではあるが、彼は三好家の当主ではない。
彼個人との友誼を根拠に、三好家へ味方する訳には行かない。
建前は大事。
そう、建前は。
私は決めた。
「伊賀の混乱が近江に波及するのを避けたい。
防げる兵力を国境に配置してくれ」
伊賀に手を入れたのは尼子家。
その手が伊勢や紀伊にも伸びていると考えるべきだろう。
「三好家の後背地勢力を牽制するのですか」
芹沢嘉門が疑問を呈した。
流石は参謀役方筆頭、話が早い。
後背地の伊勢や紀伊は、守護や守護代、国人地侍が割拠していた。
加えて寺社も多く、血縁地縁で雁字搦め。
その筆頭は伊勢北畠家であるが、だからといって盤石ではない。
何時でも突き崩せる。
それでも迂闊に手を出せば火傷する。
火傷だけで済めばいいが、済まないだろう。
これまでの一揆勢根切り以上の覚悟なくしては手は出せない。
私は言い訳はしない。
「国境に近付く一揆勢を追い返すだけで良い。
それを見せつける事によって、伊勢や紀伊をも牽制してくれ」
「伊賀への深入りは」
「必要ない。
伊賀は伊賀の者達に任せる。
伊勢や紀伊もそうだ、これ以上領地は増やさない」
私は右筆を呼び寄せた。
「ここまでの事情を記した書状を尾張の義兄に送ってくれ。
特に大事なのは、当家はこれ以上の領地は必要ない、だな」
義兄の領地拡大志向は知っていた。
伊勢侵攻は義兄の元々の構想。
それを今回は利用させて貰おう。
伊東康介が私を直視した。
「殿、本当にこれ以上の領地は不要とお思いですか」
「ああ、そう思う。
占領した領地を治めるには大勢の文武官が必要だ。
ところが現状、文武官は不足気味。
足軽や職工、商家の子弟で補っているが、それもそろそろ限界。
それらの事は皆も知ってるだろう。
・・・。
それよりもだ、国を富ます為には、商いの手を広げる方が早い。
その為に若狭や越前で水軍を増強している。
水軍でもって戦も行うが、商いも行う」
私は自信を持って皆を見回した。
半々か。
納得してそうなのが半数、首を傾げてるのが半数。
これは仕方ない。
当主権限で実行するしかない。
芹沢嘉門が私に尋ねた。
「殿が畿内の事情に関わりたくないのは知っております。
ですが、それでも巻き込まれるのは必至。
その辺りの塩梅は」
火中の栗は拾いたくない。
だけど、当家にはそれを拾いたい者達がいた。
明智家幕府を夢想している者達が。
少数だが、存在しているのは周知の事実。
けれどそれに乗っかる訳には行かない。
「理由の如何に関わらず、戦場は領地の外とする。
絶対国内には戦火を持ち込まない。
折角ここまで育てたのだ。
荒らされるのは御免だ。
皆もそう思わないか」
これには全員が同意した。
勝手知ったる領土内に敵を引き込み、殲滅する考えもある。
しかしそれでは領土が荒らされるだけ。
勝ったは良いが、土地が荒らされたでは目も当てられない。
愚策も愚策、愚の骨頂だ。
兎に角、戦は外に限る。
出来れば敵地が望ましい。
壊して良し、焼いて良し、死体を残して良し。
勝って無事に撤退できれば言う事はない。
後始末は敗者にお任せ。
序に賠償金も毟り取れる。
良いこと尽くしだ。